猿田彦之命・浦安の舞 | 鬼城

猿田彦之命・浦安の舞

2012.11.01.Thu.08:00
旧町名 大工町のお練り 「猿田彦之命/浦安の舞」

猿田彦之命保存会にある旧衣装と面
宵宮、祭りの日には飾り付けをし、御神酒が供えられる。

猿田彦1

猿田彦之命
稚児両名を従えて街角に出向く。

猿田彦2

日傘を差し、行列は続く

猿田彦3

祭りには神々が必ずついている。
お稚児さんは2組居るようだ。

猿田彦4

お祓いをする猿田彦之命

猿田彦5

社会保険病院前の広場
患者の方々の前で邪気を払い、回復を祈念する。

猿田彦6

浦安の舞
舞う子ども達は小学生

  浦安の舞(うらやすのまい)は、神楽(巫女神楽)の一つ。近代に作られた神楽である。

 1940年(昭和15年)11月10日に開かれる「皇紀二千六百年奉祝会」に合わせ、全国の神社で奉祝臨時祭を行うに当たり、祭典中に奉奏する神楽舞を新たに作ることが立案され、当時の宮内省楽部の楽長である多忠朝が国風歌舞や全国神社に伝わる神楽舞を下地に作曲作舞した神楽舞である。

 1933年(昭和8年)の昭和天皇御製

天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を

が神楽の歌詞となっている。


浦安の舞1

舞う場所を捜して移動する舞姫達

浦安の舞2

八百万(やおよろず)の神々に対して深々と礼

浦安の舞3

華麗な舞

浦安の舞4

お囃子の子ども達
10月の声を聴くと空き地で練習が始まる。
祭りがちかずいたことを知ることとなる。懐かしい響き・・・

浦安の舞5

手をかざす舞姫達

浦安の舞6
コメント
なかなかいいお練りですね。
昭和15年11月10日といえば、私には思い出の日です。72年前のことですね。
私は宇和島を出て大阪で勤めていました。当日は、前夜から一人で橿原神宮まで夜歩き、夜明けに神宮の開門と同時に参拝した記憶があります。途中で数人の境の青年学校の生徒と一緒になった楽しい思い出ですが、さてその青年たち、その数年後には全員戦場へ征ったことでしょう。私のその3年後中国戦線へ渡りました。あの日は日曜日で、2600年奉祝歌「ああ1億の胸は鳴る・・・・」を歌いながら歩いた青年たちでしたっけ。
大工町の「浦安の舞」は、あの日のために作られた神事舞でしたね。おそらく宮城前に作られた御殿(この日のために建てられた)で、天皇にご覧に入れた舞でしょう。それにしてもこれは時代の輪廻ですね。
この猿田彦命のお面は天狗ではないですね。普通猿田彦命は天狗で、神輿の先導者を勤めるのですが・・・・
猿田彦
猿田彦いいですね~ 踊りも華やかなでいいですが、特に恭しく礼をする姿が、いいな~と見るたびに思います。
皇紀2600年
木下廣民 様
 この年はゼロ式戦闘機の誕生した年ですね。吉村昭氏の小説で知りました。浦安の舞がこんな近年に作られ、奉祝されたとは知りませんでした。再認識します・・・長男の結婚式を東京の日枝神社でしたときにも浦安の舞がありました。この神社は赤坂に有り、江戸城の守り神だったと聞きました。
 猿田彦の尊は、南予地方で天狗の面がありましたね。吉田だったか?
何ともかわいい・・・
うわつ 様
 本当にかわいいですね。それで神の使い、何とも言えません。練習も約一月間もやり、当日は相当に歩かねば成りません。一生懸命踊る姿は良いですね。
今日、皇紀を使っているのは橿原神宮だけかな
橿原神宮の本殿脇には今年の皇紀年が書かれています。皇紀をいつ誰が考えたか知りませんが、おそらく維新前後の国学者の提案でしょう。
私の昭和12年の当用日記は、「神武天皇即位紀元2597年、西暦1937年」ほかにユダヤ歴紀元5698年、ローマ建国紀元2690年、イスラム紀元1356年・・・・などそれぞれに紀元が違います。今年の皇紀は2672年ってことでしょう。
日本の飛行機には製作年の番号がついていていずれも皇紀の末尾数字のようです。
堀端の鹿踊りについて知っておられる古老は居ませんか? 裡町1丁目のモノについては詳しい記録がありますのに、ちょっと残念ですね。

恥ずかしいけれど
 猿田彦之命がよくわかりません。吉野のお練りの先頭の高下駄はいた鬼もここから由来しているのでしょうか?社保の広場でお払いを受けたり、華麗な舞を見られた患者さんにはよいお薬になったでしょうね。
No title
 お世話をする方々が大変だろうと思いますが、続いていってほしい行事ですね。猿田彦は、神々の使いなんでしょうね。稚児さんの舞もいいですね。福浦にも、三番叟という稚児さんの舞がありました。神社には、稚児さんがとても似合うような気がします。
No title
tentijin 様
 お稚児さんは神の召使いですね。保育園児や小学校低学年の男児と女児が選ばれるようです。舞は小学校中学年から高学年に掛けてですね。猿田彦の尊はおとなです。三番叟もお練りの一つのようです。宇和島にもあったと聞いたことがあります。愛南町に残っているんですか?日本国じゅうには、まだ見ぬお祭りがたくさんありますね。仕事が終われば、見て回りたいと思っています。

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