宇和島七福神 | 鬼城

宇和島七福神

2013.06.15.Sat.15:00
七福神

フリーペーパー「きずな」の特集で南予七福神が掲載された。
二番煎じもおかしいので、今回は宇和島七福神を紹介したい。
宇和島地方にはお正月には三社巡り、五社巡り、」七福神巡りなどをして招福を願う風習があった。
今ではそれもほとんどないと聞いている。

七福神

恵比寿
古くは「大漁追福」の漁業の神であり時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、商業や農業の神となった。

大黒天
インドのヒンドゥー教のシヴァ神の化身マハーカーラ神と日本古来の大国主命の習合。大黒柱と現されるように食物・財福を司る神となった。

毘沙門天
元はインドのヒンドゥー教のクベーラ神で、これが仏教に取り入れられ日本では毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)と呼ばれる。

弁才天 (弁財天)
七福神の中の紅一点で元はインドのヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神。七福神の一柱としては「弁財天」と表記されることが多い。

福禄寿
道教の宋の道士天南星、または、道教の神で南極星の化身の南極老人。寿老人と同一神ともされる。

寿老人
道教の神で南極星の化身の南極老人。

布袋
唐の末期の明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在したといわれる仏教の僧。
 


恵比寿神社 恵比寿尊天 宇和島市恵美須町
 
1恵比寿 

西江寺(せいごうじ) 大黒天 宇和島市大宮町

2    2大黒

大超寺 毘沙門天 宇和島市大超寺奥

3.jpg    3毘沙門
  
仏海寺 福禄寿 宇和島市妙典寺前

4.jpg    4福禄寿
 
来応寺 布袋尊 宇和島市宮下 

5     5布袋尊
  
弁天神社 弁財天 宇和島市弁天町

6弁財天 

西光寺 寿老人 宇和島市大浦

7.jpg     7寿老人
コメント
恵比寿神社は懐かしいおもいであり。
昔は筋交橋の脇に恵比寿神社がありましたっけ。今は建物の二階に鎮座されていますね。昭和3年7月7日、恵比寿神社の祭礼の日に弟(故人)が生まれ、私が家に居ては邪魔だと祭りに裏のちょっと年上の兄ちゃんと出かけました。戻ってきたら生まれていて、変えるのが遅いって叱られましたっけ。もう85年も前の思い出、忘れんものですね。
それからずっと後に、築地に花街が出来、その近くに弁天湯というのが出来、ここの家に中島紀三郎という友達が居ましたっけ。あのあたりに弁天様を祀ったのでしょうか。
宇和島もどんどん変わりますよね。
細々と
木下博民 様
七福神詣で、五社参りなどは私の子供時代のこと、現代ではもう通用しません。高校のころには元旦に、宇和島サイクリングクラブの面々が、お参りをしたと聞いたことがあります。私の年代でそうなんですから、先生の年代となると・・・高野山参りをし、初めて宇和島藩伊達家の慰霊墓をお参りしました。仙台伊達のちょうど後ろ、横側になります。行かれたことがおありかもしれませんが、一橋のすぐ上で分かりやすい場所ですね。
No title
 神社仏閣の多い宇和島に七福神由来のものがあるとは知りませんでした。観光地図とかに載せておいたらいいような気がします。何だか回ってみたくなりますね。馴染みの佛海寺にもあるんですね。
昔は・・・
tentijin 様
定例の言葉をいうと、年寄り臭いですね。実際年寄りですが・・・(爆) しかし、現在では回る人も少ないようで、お堂は閉じられたままのところが多いようです。西江寺はえんま様の頃にお祭り、大長寺はお正月には開いています。跡のところは分かりません。服が来るように祈るばかりですね。四国遍路のお寺にも七福神はありますね。次回あたりにアップします。
なつかしい
一昨年とその前、1月2日にまさしくこのコースを廻りました。ブログで西江寺をえんま様と紹介し、正月早々顰蹙を買い慌てて訂正しました。途中新橋南町店で「ぜんざい」のふるまいもあり楽しかったです。
いまだ健在!
吉野の食いしんぼう 様
宇和島七福神は未だ健在、安心しました。ぜんざいの振る舞い、早速、御利益があったのかもしれませんね。寺名は、習慣化され、子供時代の名前が染みついています。西江寺よりは、えんま様のほうが通りが良いですよ。しかし、紹介して訪れる方が「にしえじ」といって、和尚さんが怒ったとか?

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