おねり | 鬼城

おねり

2012.09.27.Thu.10:00
吉田町のお練り

市指定無形民俗文化財
おねり
所在地 吉田町内
所有者 おねり保存会
指定日 昭和六二年五月六日

 いやし博2012イベントの一つ、伊達五十七騎開催の日、吉田町から他に出たことのない「おねり」が宇和島市商店街で披露された。見事なしつらえで、歴史ある行事を見ることができた。吉田町では11月3日の祭礼で見ることができる。
御船

吉田のお練り1

魚棚2丁目のの山車

吉田のお練り2

魚棚3丁目の山車

吉田のお練り3

裡町1丁目の山車

吉田のお練り4

本町1丁目の山車

吉田のお練り5

本町1丁目の山車
祭神「関羽雲長」のりりしい姿

吉田のお練り6

御船全景

吉田のお練り7

おねりの一つ裡町3丁目の「猿田彦」様

吉田のお練り8

立間の「7つ鹿」、鹿の子ともいう 。

吉田のお練り9

南予地方に伝わる鹿の子
8人で踊るもの、7人で踊るもの、5人で踊るものがある。
いずれも東北地方の荒々しい踊りよりもたおやかな踊りが特徴である。

吉田のお練り10
コメント
No title
はじめまして。
わたくしの村では秋祭りになると五鹿が一軒一軒廻ってきて踊ってくれていました。鬼城さんがたおやかという言葉で表現されていたのが、あまりにもぴったりで素敵だなと思いました。
今では子どもが減って、牛鬼も五鹿も来てくれないそうで静かなお祭りですが、年老いてもまだ母が手料理をして待ってくれているのでありがたく里帰りさせてもらっています。
知りませんでした
 山車と言えば飛騨高山しか思い浮かびませんでしたが、近くにもこんな立派なのがあったのですね。吉野でも今公民館で、五鹿踊りや獅子舞の練習が行われ、お囃子の音も聞こえてきます。秋祭りも食いしんぼうは食にばかり目が行きますが、このような伝統にも関心の目を向けたいと思いました。
知らなかった~
このような立派な山車があったのですか?鹿踊りもあるようですね。
見慣れたものより新鮮です。見に行きたいものです。
良いものを見せていただきありがとうございました。
民族学
吉野のくいしんぼう 様
 このような伝統芸能は子ども達や若者達が減少する中で廃れつつあります。継承する手立てはほしいですね。こんな研究ばっかりしている人たちの研究を民族学と言います。こんな研究をしてもたかったのですが、違った分野に進みました。5つ鹿、獅子舞、是非写真に残してください。
 非常にきれいに残されています。歴史的な価値もあるようですよ。「吉田のお練り」で宇和島市のホームページに紹介されています。
たおやかさ
紫光 様
 コメントありがとうございます。私の個人的な考えですが、鹿踊りの原点は勿論、仙台を中心とした東北です。秀宗入府のおり、演じる人も宇和島入りしたと思います。人質となり大阪城で秀頼とともに女性達に囲まれ、甘やかされ、優しさの中で育った環境が、このたおやかな鹿踊りになったのではと思っています。もうひとつ、文字を見ると政宗は戦国武将の字、秀宗はやさしい女性的な字です。
 紫光さんの所の秋祭りも行ってみたいですね。お祭り大好き人間なんです。
地方祭
うわつ 様
 今週末まで旅先ですか?移住せず無事に帰ってきてください。(笑い)台風が接近中のようですから気をつけられて走行してください。
 吉田町野お練りは、認知度は低いのですが、なかなかのモノです。山車もさることながら、山車を取り囲んでいる幕も見事です。一昨年でしたか、文化庁の補助金で新調となっているようです。祭礼は11月3日にあります。この山車が一堂にそろう場所が在るとか。時間がありますから調べてお知らせします。
これは凄い!
吉田のお祭が宇和島城下の商店街を練ったのですね。吉田藩には宇和島藩に負けない練り物があることは知っていましたが、これがこうして宇和島商店街まで練ったとは。
昔の祭はその神社の氏子の住む一画を練るだけでしたのに、交通事情がよくなったせいでもないでしょうが、こうして遠くまで来るとは。
元来、ご神体とともににぎにぎしく行列し、町が神と一体であることを示したのでしょうから、吉田の神様であろうとどうであろうと、私たちの周囲には沢山の神がおられて守っていただけるという安らぎをもつことはありがたいことですね。吉田の発展を祈ります。
吉田の七つ鹿は宇和島の八つ鹿とは違った風情があります。
宇和島のも山車は沢山ありましたが、ほとんどなくなったようで、吉田にこうして伝えられていることは素晴らしいことです。狭い魚棚の丁目ごとに山車を維持するのは大変なご苦労と思います。山車の人形を眺めながら三国志の話を子供たちに丁寧に伝えられる大人が何人居るでしょう。関羽の字が雲長であること思い出して懐かしくなりました。そのほかの山車の人形は十分にわからず残念です。、
関羽
木下博民 様
 関羽という名前、若者は我々以上によく知っています。なぜか、ゲームの所為なんですよ。大ヒットしたゲームは「信長の野望」(少々古いか)、「三国志」など。それが現在に引き継がれ「戦国BASARA」となっています。しかし、歴史とは違った方向に進むことがありますから、正しい方向に導く歴史書が必要ですね。
 吉田の「おねり」はもっと宣伝しても良いと思いますが、本来は氏神様に氏子達が奉納する目的ですから・・・とはいっても日本全国の祭りがそうなんですね。
No title
 鬼北の鹿踊りも、確か五鹿だったように思います。この鹿踊りは、松野にもあるようなので、伊達の息のかかっているところには、あるのでしょうね。元は、東北仙台が発祥の地ということでしょうか。牛鬼も東北発祥なのでしょうか。山車が吉田にあるのは、知りませんでした。小ぶりですが、立派なものですね。鬼北など南予一帯にある四つ太鼓も山車の1種のように思います。御輿や山車は、全国版で、姿形は多少違いますが、津々浦々あるように思います。しかし、牛鬼だけは、全国レベルであまり見かけないように思うのですが、伊達の文化でしょうかね。もし、分かるようなら教えてください。
牛鬼
tentijin 様
 牛鬼の起源は伊達入府より前の時代のようです。このような研究を民族学と言います。八つ鹿、七つ鹿、五つ鹿は東北から来たものだと言われています。この二つの研究は宇和の歴博の学芸員さんに詳しい方が居ます。おそらく、この研究者では右に出る人は居ないと思います。資料はありますので、いつでも差し上げます。
 4つ太鼓、牛鬼、御輿も山車ですね。吉田の山車は小ぶりながら保存状態も良く、いいですね。
南予の方が意外とお練のルーツをご存じないのは寂しいことです。
南予のお練といえば「八つ鹿踊りと牛鬼」ですが、鹿踊りのルーツなど興味ありませんか?なぜ、八つだったり七つだったり、五つだったりするのでしょう。
牛鬼は意外と新しいお練だということも知られていません。
どうか、拙著『八つ鹿踊りと牛鬼』をご覧ください。駅前の岩崎書店にはあります。
八つ鹿踊りの歌詞、ご存知ですか?最初の「回れ回れ水車・・・」は八つ鹿踊りだけでなく全国の習俗のなかで見受ける歌詞です。
最後の「故郷から戻れと文が来た・・・」と対比して踊りの「起」と「結」をなしていて、途中の、とくに後半の楽しみ踊る場面にはさまざまな歌が歌われています。
牛鬼の由来など、面白いですよ。故郷を離れて多くの他国人と接しなければならない若者には、ぜひ「お国自慢」の一つとして知っておいて欲しいお練の由来話です。
八つ鹿踊りと牛鬼
木下博民 様
 「八つ鹿踊りと牛鬼」の先生の著書のことを紹介し忘れていました。申し訳ありません・・・一読すれば起源等理解できますね。しかし、若い人たちが興味を持ってくれることが望みなんですが、素晴らしい山車やイベントへの参加が少ないですね。残念です。
宇和島の若者って大体そんなものです。
気の毒ですが、郷土の文化を大切にしないところに観光政策を云々する資格はありません。なぜ、若者に興味がなくなったのか?一言で言うと、「教えないから」です。郷土教育をしないで興味を持てといっても無理。
でも、今からでも決して遅くない。それには、このブログをご覧になっている先生定年のファイトある方々が一丸となって訴え続ければ反省してくれるかもわかりません。飽きない、投げ出さない、107歳で亡くなった木彫家平櫛田中ではありませんが、「おれがやらないで、だれがやる」という気概を持つことです。八幡浜の大法寺から「禾山大笑」(平櫛田中の名作)を借り出して博物館に展示し、禾山と田中の気概を宇和島市民に与えたいですね。「西山禾山」は上甲振洋や晦巌に師事した傑僧です。「明治の南予の偉人たち」でシリーズ展をやられてはいkがですか?
イベントの後こそ宇和島観光の真骨頂です。
企画
木下博民 様
 シリーズ展もやりたいですね。その前に館員の仕事量と予算が立ちはだかります。予算を使う以上は説明責任を伴うのと実績が必要です。徐々にでは在りますが前進しています。改革には10年はかかると思います。ちなみに来年の特別展は佐賀鍋島藩の予定です。これも予算が付けばとなります・・・今の人数ではこの企画だけで精一杯ですね。
鬼城さん
鬼城さん
責任者は決してグチを言はないことです。
愚痴、漢字で書くと、「愚かな知の病い」ってことです。残念ながら医者がいません。予算や人手を布施してもらえないのは、こちらの信念の足らぬと口外するようなものです。ごめんなさい、厳しいことを言って・・・・
そんないいポストに居られることを天に向かって謝しましょう。
苦言、気にしない、気にしない・・・・。平櫛田中にいわせれば「六十七十は、はなたれ小僧」「俺がやらなくて、誰がやる」です。ご健闘を祈ります。 
今は・・・
木下廣民 様
 今は別のことをする間がありません。自由になったら考えることにします。目先のことが山積していて身動きがとれない状況です。寝る間と食べる間があるので何とかなるかもしれませんが・・・ブログの作業が余分かも(苦笑)
「間」のない人生は困ります。
芝居で上手に「間」を生かせないとは駄目、とよく言われました。
まあ、楽器でも、間のある楽器は反響して美しいものです。
お互いに24時間しか持ち合わせはありませんから、あとは工夫だけですね。
ブログのように楽しく、豊かに・・・・
木下廣民 様
 間ですね。心がけます。

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