お施餓鬼 | 鬼城

お施餓鬼

2012.08.22.Wed.12:00
霊亀山大超寺

8月19日お施餓鬼
「おせがき」は、「 施餓鬼会 (せがきえ) 」「 施食会 (せじきえ) 」などといわれ、各宗派を通じて行われる仏教行事の一つです。

その由来は、『 救抜焔口餓鬼陀羅尼経 (くばつえんくがきだらにきょう) 』というお経によるといわれています。

それによると、釈尊の十大弟子の一人である 阿難尊者 (あなんそんじゃ) が、ひとりで瞑想している時、口から火を吐く一人の恐ろしい餓鬼があらわれ、「お前は3日後に死んで、我々と同じ恐ろしい餓鬼道に落ちる。」と言いました。恐れおののいた阿難尊者が、どうしたらそれを免れることができるかを釈尊に尋ねたところ、釈尊は、「その苦から免れたければ、三宝(仏・法・僧)に供養しなさい。また無数の餓鬼たちに食物をほどこして供養した 功徳 (くどく) により、餓鬼も救われ、その功徳によってお前も救われるだろう。」と答え、姿を消しました。

施餓鬼会 (せがきえ) は、釈尊に教えを請い、寿命を延ばすことのできた 阿難 (あなん) の説話にもとづく行事であり、その求めに応じて釈尊が示された修法が施餓鬼会のはじまりとされています。

そして餓鬼だけでなく、先祖代々や広く無縁の 諸精霊 (しょしょうれい) を供養し、また同時にみなさん自身の 福徳延寿 (ふくとくえんじゅ) を願うわけです。


施餓鬼1


大超寺本堂

宇和島市指定文化財
施餓鬼の準備が整った本堂である。
この日は宇和島周辺の浄土宗の和尚様がたが集まり法要を営む。

施餓鬼2

本堂内

ご本尊の前には今年亡くなられた初盆の方々のお船が並べられている。

施餓鬼3

初盆で無い家のお船流しの行事

施餓鬼4

お船流しのための池
正面には 「三界萬霊」の位牌がある。

施餓鬼5

お盆月の一つの行事である。
このあと初盆の各家々のお船が流される。
昔は和紙を使ってきれいにくみ上げ、和船の大きなものを流していた。
現在ではその技能を受け継ぐ職人さんはいない。
(山鹿灯籠のようにくみ上げた和船)

施餓鬼6
コメント
No title
 御施餓鬼は、鬼北の等妙寺などでも行われています。寺に御池があるのは、このためでしょうか?川に流しても、池に浮かべても、絵的にも本当に美しい夏の夕べの風景が現出しますよね。とても幻想的な感じがします。
No title
tentijin 様
 子どもの頃から、寺にはお船流しの池があると思っていました。無いところも有り、川に流すところもあるようです。しかし、最近では環境に配慮し、せき止めて回収するというようなこともあるとか。

 施餓鬼のお船流しとお盆の灯籠流しは違うようです。最近みたのは、広島の原爆ドームの下の川の灯籠流し・・・きれいですが、一つ一つの灯籠に人間ドラマがあるんでしょうね。
施餓鬼会の思い出
子供の頃、藤江の浄念寺の施餓鬼に行ったことがありました。本堂裏の池に沢山の灯篭がひしめいていたことを思い出します。人は生きても死んでも水に漂うのですね。水の思い出は数限りなくありますが、敗戦直後中国で、猛暑を避けて夜中に撤収行軍したことがありました。黙々とただ軍靴の音だけが潮騒のように聞こえるばかり。わたしはマラリアで40度の高熱でしたが、取り残されれば死ぬだけですから、とにかく必死でついてゆきました。道のわきの溝があり、不思議とその水音が綺麗に聞こえるのです。そして、闇を透かして良く見ると、一人の兵が溝に合う向けに寝かされていて、その身体をさらさらと流れる水音に、わたしも浸りたいと思いました。ただ行軍は止まりません。あれほど水が恋しかったことはありません。67年前のことでしたが、あの兵隊は誰にも収容されず、そのままだったと思います。
ちゅまらん話をしました。
No title
木下博民 様
戦争と水の話は良く聞きます。海外では今でもですが、水で苦労をするようですね。先生の体験に基づいたお話は切実感があります。宇和島の昔の思い出とともにありがたく拝聴させていただいています。
浄念寺、我が家と同じ宗派「浄土宗」ですね。宇和島で一番多くの檀家を抱えているお寺と聞いたことがあります。
お施餓鬼
 叔母の初盆の時、一度だけ出席したことがありますが、こんな幻想的な様相では有りませんでした。地域の役員さんが進行し、和尚様がお経を上げられるものでした。伝統を守るって、難しくなっているのでしょう。
所違えば・・・
吉野のくいしんぼう 様
幻想的な雰囲気の所もあれば、ただ川に船を流すだけの所もあるようです。所によって違うようですよ。また、不案内ですが、浄土真宗ではお施餓鬼はしないとか。現在を生きている我々は、昔の習わしを踏襲するのみ・・・さて、これから50年後はどうなっているか?

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