城山夜間開放 | 鬼城

城山夜間開放

2012.07.27.Fri.10:00
夜の宇和島城

幽玄な世界がひろがる。昨年より「牛鬼祭り」のイベントの一環として宇和島城夜間開放がされている。
このイベントには市役所の職員の方々は勿論のこと、ボランティアの活躍も忘れては成らない。
安全第一、これがこのイベントの最大の努力。
夜の天守に入ってみた。

花火1

天守に入ると7代宗紀公、宗城公の肖像画が・・・
「父上、賑やかな夜ですね。」と二人の会話が聞こえてきそうである。

花火2

花火大会開始!
午後8時40分~9時20分までの40分間の錦絵巻 。

花火3

水中花火
どこかの湖や鎌倉の水中花火が有名だそうだが、宇和島でも見ることができるようになった。
日本一のクラッカーの産地の面目躍如と言うところである。

花火4

大輪の菊の表現だろうか?

花火5

花火の残像
打ち上げてから消えるまで数十秒・・・シャッターを切るタイミングが難しい。
連写している方や動画撮影をしている方が居た。
最近では、ipod、スマートフォンでの撮影も多い。


花火6
コメント
No title
 私も40年前、浅草に花火を撮りに行ったことがありましたが、135mmの望遠で、シャッターはB、切るタイミングと戻すタイミング、偶然良い写真になっていました。様々なオートマチックが進化してきますが、マニュアルの味は捨てがたいように思えます。人間が意図することもできますし、意図しても適わぬ偶然の成功やら失敗やらが生まれてくる楽しさがあったような気がします。
花火は・・・
tentijin 様
花火の撮影は難しい。デジタルになっても「花火オート撮影」が在るけれど、シャッターを切るタイミングが合わねばなんにもならない。うまく取ったつもりがこのざまですから・・・人間の目のすばらしさを痛感する時ですね。
夜の天守閣
結構な企画ですね。天守閣にも入れたとは大したものです。もっとも、藩政時代の天守閣には夜勤の人が居たのでしょうか?
当時、お城にはどれほどの人が勤めていたのか? 夜回りはどうだったのか? 私は昔から「城と人」について興味があるのですが、そういう資料はありませんか? 
サトウの記録に石垣の上の白壁は木々に隠れて容易に見えなかったとあり、慶応2年末(太陽暦では翌年正月)の城の様子を伝えていますが、樹木が城を隠していったのは何時頃からでしょう。
No title
木下博民 様
藩政時代には城詰めがあったと思います。藩主はほとんどが御殿での生活だったと記録にあるようです。城の樹木についての記述はほとんど無いようです。築城当時は樹木は無かったはずですね。どこの城も築城後、植物が繁茂したようですね。樹木のない城は宣戦布告のようで不気味です。
今年はブログで
 野川の友人が、和霊様の花火を自宅の2階から楽しませてもらうのですが、今年は体調を崩され、叶いませんでした。鬼城さんのブログのお陰で、今年も花火を見ることが出来ました。最近散歩の途中でこれはって景色を見ることがありますが、残念カメラを持参してなくて。チャンスを逃さないためにはカメラ必携ですね。夜のお城幻想的です。
滑床
吉野のくいしんぼう 様
25日は滑床へ・・・小学校一年生の孫はよく頑張り、「雪輪の滝」まですいすいと登っていきました。帰りに養殖場でにじますとアマゴを釣り、夕食のおかずになりました。横浜なもんで自然の中の遊びは大喜びでした。おさかな館でうなぎのつかみ取りやいろんな体験をしたようです。

さて、写真についてです。いろんな場面に出会いますが、そのときに限ってカメラを持っていないことが多々あります。最近では必ず持つようにしていますが、そのときは良い出会いがありません。(苦笑)花火の撮影は難しいのと勉強不足です。v-292
花火
昨夜は隅田川の花火大会。老人はテレビで楽しみました。今年は東京スカイツリーからの影像がみられましたが、やはり花火は真っ黒な大空をバックにして見上げるのがよい。街の灯の上に花火を重ねても美しくはありませんね。
それにしても和霊さんの花火は隅田川に比べると「月とスッポン」でしょう。でも、わたしは商業学校一年のとき父親に連れられて旧須賀川の走りこみを見にいったときの作文が、商業学校の「学報」に始めて活字になって載ったときの興奮と併せて、このときの花火は忘れられません。以来、走込みも見にいったことはなく、宇和島を去りました。
先輩の山田清宗という方は、死ぬ年の和霊大祭をわざわざ東京から見にいって、そのビデオを私にもいただきましたが、まもなく亡くなられました。今生の思い出にもう一度和霊大祭を見たいというのは、私も同じdすが、ついに叶いそうもありません。
花火は、量よりも派手さよりも、少年の思い出のものが一番綺麗ですね。
はかなさ
木下博民 様
子どもの頃の花火、進化していろいろな色や輝きが増しtきています。言われる通り、子どもの頃の素朴な大輪の花火にあこがれます。日本人の心に宿っている「はかなさ」に対するあこがれではないでしょうか?宇和島も見る場所がありません。何かが邪魔をしています。(笑い)

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