篠山 | 鬼城

篠山

2012.05.08.Tue.12:00
曙つつじ
曙ツツジを見るため今年も篠山登山を行った
例年に比べ5日ほど遅いのが気になったが、休みが取れず仕方が無い
それにしても毎年花付きは悪くなっている
やはり時機を逸したせいか、葉が出てほとんど花は散っていた

ツツジ科の落葉高木。山地に生え、葉は枝先に5枚輪生し、葉柄にひげ状の毛がある
花は葉の出る前に咲き、淡紅色で上面に黄褐色の斑点がある

曙ツツジ1

曙つつじ
 
群落のはずなんだが、樹は弱って花付きは悪く、おまけに散ったあとであったのが残念

曙ツツジ3

シャクナゲ

登山道をそれ、谷を下るとシャクナゲの林がある
花は落ちているものが多かった
この花の色は普通の色と違って白に近い

シャクナゲ2

水場のお地蔵さん(守護神)

廃寺跡のすぐ下に水場がある
水場を守る地蔵尊が設置されている
彫ってある文字には宝暦13未の年号が、山岳信仰で登山する人たちを守ったに違いない

お地蔵さん

大杉の根

芸術的な根、流れ落ちる雨水にさらされ露出している
写真を撮っていると通りすがりの方達が何かありますか?
これには参った

山道1

篠山大権現
 
笹竜胆は神社の紋
篠山は愛媛県一本松町の正木と高知県の県境の高山で、山頂には古くから篠山権現その下には篠山観世音寺の霊域があり、幾多の歴史と伝説を秘め、神秘のベールに包まれた南予における山岳崇拝のメッカ   篠山神社HPより

笹リンドウ
コメント
篠山の思い出
リンパ腫の治療中でもっとも体調の悪かったとき、篠山へ行こうと思い立ち、車で行けるところまで行きましたが、それから先に行く体力がなく残念でした。
山頂近くに池があるとありましたので、それを見たかったのです。松浦武四郎も関心あったように彼の四国遍路記に書いています。
お若いうちにドンドンあちこちお訪ねください。海外へも。
自然
木下博民 様
篠山は第一駐車場から40分ほど急峻な道を上らなければなりません。山頂を取り巻く2kmには網が張ってあります。鹿による都笹の食害のためです。篠山と言われる由来となった都笹が全滅状態となっています。また、曙ツツジの群落も木々が弱って花付きが悪くなっています。
早く手を打たないと絶滅します。池は矢筈の池ですね。山頂には国境を示す石塔が建っています。篠山騒動の名残でしょうか。
つつじ
 篠山には、山を始めて頃に1度行ったきりです。その時は曙ツツジの裏年で、霧も濃く、残念に思った記憶があります。最近、みなさんのブログを拝見して、ツツジの名前を少し覚えました。「オンツツジ」と「三つ葉ツツジ」を取り違えて覚えていたことに気が付きました。曙ツツジの色彩は何とも言えない優しさを感じます。又、篠山にも足を伸ばしたいです。
石鎚
吉野のくいしんぼう  様
曙ツツジの群落があることで笹山は有名ですが、毎年、花付きが悪くなっているのが現状です。石鎚の曙ツツジは石鎚山の山容に映え、素晴らしい景色を演出してくれます。
それにしても山ガールの名前にふさわしく、山が好きなんですね。新緑、緑、紅葉、雪景色、雪解け・・・いずれをとっても山は素晴らしい。
姪っ子が
商工観光課にいるのですが、愛南町と愛南町商工会?と交代で駐車場の当番ボランティアをするそうですが(初めて知りました)、4月28日に当番で行き、登ったらしいのですが、花はほとんど無かったそうです。

で、29日~11日の間に咲いて、その少しの花も2日の強風・雨でほとんど散ってしまった。
と、いうことでしょうか?

ずっと以前には、23日から29日までにお山でお会いしていましたよね。それだけ、今はずれています。
寒を余り受けないので、花芽も育たない?
姪っ子?
海野貴公子 様
姪っ子はどなたでしょうか?そうですよ、愛南町、宿毛市、宇和島市の商工関係の職員がボランティアで詰めていますね。
さて花は2006年の花付きを最後にして、年々衰えています。樹の勢いが弱っているんですね。それと登山者(我々も含めて)が根の上を踏むので傷んで勢いがなくなるのです。天赦園入り口の松が車の通り道で踏み固められ、枯れました。人災です・・・いまから良くなることはないでしょう。もし、群落を生き返らすなら入山禁止に10年ほどすることですね。
やはり自然は自然が一番いいんだと思います。
篠山
篠山に登ったんですねー。
もう、落花していましたか?年々花つきが悪くなっていると聞きます。
そうであるなら、早く手当てをしなければなりませんね。
私は、宇和島に向かっています。
篠山山頂の祠は神社なのですか。
非常識なことをお尋ねしてごめんなさい。
丁度今、「武左衛門一揆」を必要あって勉強しているのですが、この人の男の子が、一人は僧侶、一人は山伏になったと伝えあり、山岳宗教といわれる山伏は仏教のジャンルかな神道のジャンルかな、と幼稚な疑問を持ちました。もっとも山伏は神仏の以前から山岳とともに修行者がいて、中国の道教のようなものに繋がるのかなとおもい、篠山の祠もこれに類するのかな、と勝手な空想をいだきました。篠山の祠はどなたが守っておられるのでしょうか。
そんなことどうだっていいじゃないか、といわれそうですが、高い山がある、そこに神がおられる、と信じた古代人はやはり後世に山伏という範疇の仙人だったのかな?

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