日本一の白玉藤 | 鬼城

日本一の白玉藤

2012.04.17.Tue.20:00
日本一と言っても過言でないと先日のブログで掲載した
この鼓橋式の藤棚は水藻に写り、眼鏡橋となる
対岸からの2本の幹で成り立っている
上に向かって花が咲くことから上り藤とも言われ縁起が良い藤である

白玉藤1
春雨亭前より
手前の竹は宇和島藩伊達家の家紋、竹ニ雀紋から天赦園に植えられている
その種類21

白玉藤2

白玉藤の匂いは強く、非常に芳しい
藤の中でも一番の香りがするのも白玉藤

白玉藤の匂いに誘われてきたミツバチ

白玉藤3

蜂の種類は不明だが、匂いにつられて来たものだろう

白玉藤4

天赦園は回遊式大名庭園であるが、残念なことに往時の半分しか残っていない
しかし、150年前の木々、池、どれを見ても歴史の深さを感じる
その木々の中に生えた白玉藤
種を鳥が運んで生えたものだろうか
宇和島地方の方言で「おのれ生え」という

白玉藤5

雨の後の枯れ葉
楠の葉が主である
天赦園の右手奥には借景となっている「鬼ヶ城」がそびえている

白玉藤6
コメント
白藤橋、さまざまなアングルから映して見せてください。
カメラって便利なものですな。望遠を使ったり、接写できたり。なんども見ています。天赦園の元の広さを知る図は残っているのですか?
鴨猟が出来たようにも伺っていますが・
図面
木下博民 様
数年前、天赦園の自然についてのまとめたものを出版する話もありましたが、どうなっているのでしょう?宗紀が設計した図面などが在れば良いのですが・・・白玉藤は今日の雨で終わり、野田藤が咲き始めます。
何て綺麗な
 鼓橋につたう白玉藤思わず「綺麗!」と声をあげました。アップの藤の白さとミツバチの写真も臨場感がありますね。
沈んだ気持ちが洗われる一方、水面を見ると、ちょこっと、どきっとする私でした。
池恐怖症
吉野のくいしんぼう 様
白玉藤のきれいさは日本一だと思います。藤の花は挿し木でもすぐつくようですが、大きくなるには年月が掛かるようです・天赦園は150年ほど前にでき、藤は2代目とか。それでも大きく育っています。木は大分弱っているようです。毎年元気に大きな花を付けてくれることを願っています。
No title
今回の画像はミツバチを入れるなどハイレベルです。
参りました~。m(._.)m
偶然です
うわつ 様
白玉藤の香りは高く、毎年、ミツバチが蜜を吸いに来るんです。それも満開の時を狙ってです。動物的な感でしょうか?うわつさんの写真に昆虫を入れたものや鳥、動物を入れたものが有り、ただそれを模範としたもの。粘りとか、構図とか、及びもつきません。いろいろと御教授ください。
No title
 白藤を見ると、いつも不器男の「白藤や 揺り止みしかば うす緑」という句を思い起こしてしまいます。単に花を愛でるのではなく、このような視点で白藤を眺めた人は、不器男以前にはなかったような気がします。ひょっとしたら、不器男も宇中時代に天赦園を訪れていたのかもしれませんね。このようにしつらえたものが登り藤だと初めて知りました。
句碑
tentijin 様
博物館正面玄関から入り、左手にtentijinさんが書き込んでいる「白藤や 揺り止みしかば うす緑」の句碑が在ります。不器男は東京大学も東北大学も中退ですね。今考えると贅沢で惜しいことです。天赦園は当時はお殿様の庭園で有名だったと思いますよ。上り藤は薄紫のものも在るようです。
天赦園の本欲しいですね。
天赦園の本、出版するといつか聞いたことがありましたが、資料は揃っているのではないですか?
写真をふんだんに載せた本も結構ですし、天赦園文化史(歴史や現状など詳しく)。
天赦園植物図鑑でもいいし、それこそお金はさほどかかりませんのに。
出版
木下博民 様
出版については難しい面があります。財団は公益になった関係上、新しい事業等、なかなか難しいようです。そうなると別の所からの出版となります。さて私には予算関係とか、詳しい記録とか、案内文とか分かりません。以前のものは未完成のようですから、これからのことになると思います。
出版なんて大風呂敷を広げては失敗します。
天赦園をより多くの方に認知していただくためのPR手段と思えば、それも駄目とはいえないでしょう。やる気があるかどうかが先決でしょうね。
とにかく、天赦園は宇和島人の宝です。
さて・・・
木下博民 様
財団のお考えもあることと思います。冊子にするにも予算化を伴いますし、どうなることか不明です。宇和島市の歴史的価値のあるものという認識は誰もが持っていると思います。具体化を図る人が居るかどうか?財団も人数削減をしていますし、今の仕事で手一杯ですね。時間がかかることと思います。

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