春の野辺 | 鬼城

春の野辺

2012.04.01.Sun.12:00
伊達博物館偕楽園の桜

野辺の花にはほど遠い、旧御殿跡に昭和49年に建てられた博物館
御殿の庭は「偕楽園」と言った
幕末には西郷隆盛なども来藩し宗城と会談した記録がある
この庭園は別名「鶴亀の庭」と言い、一部が残っている

宇和島の桜開花は例年に比べ遅れていたが25日開花宣言が成された

春7
 
南国には珍しい「辛夷(こぶし)」の花

毎日、トレーニングに通う公園に途中に大きな辛夷の木がある
満開の辛夷、昨年は震災の被災者の方々を元気づけるため「北国の春」が良く歌われた

北国の春

作曲:遠藤実
作詞:いではく

白樺 青空 南風
こぶし咲くあの丘北国の ああ北国の春
季節が都会では わからないだろと
届いたおふくろの 小さな包み
あの故郷へ 帰ろかな 帰ろかな

雪どけ せせらぎ 丸木橋
からまつの芽がふく北国の ああ北国の春
好きだとおたがいに いいだせないまま

<a href="http://www.3131.info/%E5%8D%83%E6%98%8C%E5%A4%AB/%E5%8C%97%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%98%A5/">北国の春 歌詞<a> - <a href="http://www.3131.info">J-POP 歌詞<a>


別れてもう五年 あの娘はどうしてる
あの故郷へ 帰ろかな 帰ろかな

やまぶき 朝霧 水車小屋
わらべ唄きこえる北国の ああ北国の春
あにきもおやじ似で 無口なふたりが
たまには酒でも 飲んでるだろか
あの故郷へ 帰ろかな 帰ろかな

春1
 

こぶしの大木

春2 

西日本の分布していると言われる「白花蒲公英」

春3 

一時流行した「根性〇〇」などと言うのがあったが、正に根性菫

春4 

オガタマの花

モクレン科で花は非常に小さい
神社仏閣に植栽されていることが多い
春5 

木花蒲公英と菫

春6
コメント
花の写真
 私の散歩道にも、タンポポやスミレが咲いていますが。知識のない私は「紫のスミレ・薄紫のスミレ」「黄色いタンポポ・白いタンポポ」が咲いていたなんて表現ですませてしまいます。ポケット植物辞典たぶん2冊、本箱で眠っています。写真も特に小さな植物はなかなかピントが合わなくて苦労します。きっとデジカメの色々な機能使い切ってないと思います。自分でも呆れるくらい、めんどくさがりやで、説明書などじっくり読めない質なんです。e-264
同じく
吉野のくいしん坊 様
パソコン、携帯、デジカメなどの機能の内、どれだけ使っているか?私も同じですよ。近づいて撮る方法だけは知っています。マクロモードを使います。5cm位まで近づけるんではと思います。あとは半押しで焦点を合わせシャッターを押すのみですね。
友人におもしろい人がいて、携帯やさんで「電話機能だけの携帯がほしい。」といったら、次々と今現在の機能の便利さを言ったとか。「それならいらない。」と言って店を出たとのこと。笑い話で笑い話で済まないところです。
偕楽園で花見の会をなさってはいかがですか
市民の花を愛でる人々に自由に企画させ、偕楽園の桜の下を期限を限って使ってもらうのはいかがでしょうか。花見の茶会なんてしゃれていますよね。
施設
木下博民 様
偕楽園の茶会良いアイディアですが、残念ながら水がありません。以前、市町合併の時、展示室内で行いましたが、この水で一苦労・・・昔は地下水で処理できていたようですが、今は地下水は飲み水に適せず、水道を使わねばなりません。事務室への入室は困りますから、残るところトイレの水道です。このように施設がお茶会を想定していないのです。実施するためには建物の建て替えの時に、茶会やお能や古文書研究や研修ができる部屋など造る必要があります。お茶会を呼びかけてもそれ以前の手間暇が掛かるため申し出はありません。天赦園も同じく水がないですね。捨てる場所もないようです。
しかし、新しく造った庭園だそうですが、鶴亀の庭、風情があり良いですね。
No title
 木蓮に似た小ぶりの花がこぶしの花なんですね。時々見かけるので、木蓮の甥っ子くらいに考えていました。「北国の春」懐かしい歌ですね。母親の思い出と切り離せない歌です。オールデイズに入ってしまいそうです。
茶会に水はつきものでしょうね。
水は多くても困るし、なくても困るし、それを言っていてはなかなか前進しませんね。世の中、万事そうしたものですが、水はどんな器にも入ってくれる便利なもので、いつか京都へ行きましたら、御所の近くにお茶に格好の水が出ている場所があり、京都の茶人が列をなして汲みに来ていました。
万事、お一人で悩まれないで、宇和島中の茶人の知恵を汲みだされてはいかがでしょう。
これも、外野の勝手な暴言かな・・・
No title
tentijin 様
ウキペディアによると、「モクレン科モクレン属の落葉広葉樹の高木。早春に他の木々に先駆けて白い花を梢いっぱいに咲かせる。別名「田打ち桜」。」とあります。花を一杯付けているようですが、やはり木蓮科なんですね。神社にあるオガタマの木も木蓮科のようです。
東北地方も早く復興し、春が来れば良いですね。
井戸
木下博民 様
昔は地下水を汲んだり、水路を造って山の水を引いたりしていたようですね。今は衛生面重視で水道・・・散水用の地下水があるのにわざわざ水道を引くには・・・年数回のv-436ために・・・と。それならバケツでなどと考えがちですが、わざわざ、それまでやって効果があるのかと言う話で前に進みません。それなら数年先か、数十年先か分からないけれど設計の折り入れるしかないですね。一杯話はもらえるのですが、具体策、実行者が居ないのが現状です。当方もこれ以上の仕事の上乗せは不可能ですから・・・v-436
No title
 通勤の行き帰りに遠くから眺めています。伊達博の一隅に明かりがともった感じがします。

 やはり、日本の春は「さくら」ですね。(漢字ではなく平仮名です。)

♪♪ 明るい花が桜なら 僕らの心もみな桜 ♪♪
とは、我が小学校の校歌の冒頭部分です。
しかし、校内には桜の木は3・4本しかないのです。(;_;)
と言っても、入学式まではもってほしいですね~!!
お疲れ様です
笑 様
「さくら」潔い花の代名詞で武士に好かれた花とか。入学式にさくらはつきものでしたが、最近では葉さくらでした。今年はなんとか、さくらの下の入学式かと思っていたら、春の嵐・・・9月入学が取りざたされている昨今、風物詩も日本から消えていく運命でしょうか?
授業時数が少ないと都会では5日が小学校入学式ですよ。また、お会いして話しましょう。早速、明日でしたかね。
桜で小学校の入学式を連想されるみなさんは幸福です。
このブログの愛読者には学校の先生か先生卒業者が多くいらっしゃるようですね。
私は、桜といえば戦地で「つぎは靖国の桜の下で会おう」なんてキザな言葉を交わして別れた戦友を必ず思い出します。
俺は死なんぞと腹に言い聞かせて冗談を言った彼はその数ヶ月後に死にました。
私は、宇和島商業の16期生ですが、7人が戦死しています。いずれも今頃は、あの靖国神社の桜の下で大宴会をやっていることでしょう。
不思議に命ながらえた私は、今年も靖国の桜を思い出します。桜って悲痛、悲壮な花です。
予科練
木下博民 様
我々世代は、♪♪♪若い血潮の予科練の 七つボタンは桜に錨♪♪♪ しか頭にありません。生死を考えた時代とはほど遠いですね。だから命を粗末にし、考えもなく行動するのでしょう。
繰り返えしてはいけない歴史として考えねばと思っています。土浦、知覧、江田島、鹿屋などなど、また広島、長崎なども平和教育の一環として教えなければなりませんね。
桜に碇・・・と歌って今の少年たちに聞かせますか
鬼城さん
桜といったら予科練の「桜と碇の帽子の紋章」を連想されたのですね。その予科練のことについていまの少年たちに学校の先生はどの程度話しておられますか?
宇和島の予科練があったこともおそらく知らなくなっているのではないでしょうか?
この機会に予科練祈念碑に子供を連れて行って、なぜ当時の少年が、自発的にこの部隊に入り、命を捧げようとしたか、詳しく話してご覧になりませんか?
花といえば、もうすぐ藤や菖蒲の季節ですが、5月10日は1945年5月10日に初めて宇和島が空襲された日です。祈念式典を和霊公園の碑前祭が行われるでしょう。悲惨な思い出を決して忘れないよう、語り継ぎ二度と繰り返さないよう誓いたいものですね。
教育
木下博民 様
平和教育の一環として教えている学校はあるかも知れませんが、ほとんどの学校では教えないでしょう。それも坂の上の雲が戦争賛美になるかもという懸念から司馬遼太郎氏が映像化許可をしなかったと同様のことだと思います。また授業時数が非常に少なくなり、教えることが淘汰される結果になっていることも事実です。
何が大事か、これからも考える必要があると思います。和霊公園での宇和島空襲慰霊の式典、これからも市民の有志を中心に続けて行くでしょう。

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