天赦園花舞台 | 鬼城

天赦園花舞台

2012.03.27.Tue.08:00
花舞台

天赦園春雨亭前に組まれた
畳3畳程度の中で大きく舞う姿は、さすが・・・

天赦園花舞台1
 

天赦園月見亭前の木蓮の開花
白・紫のそろい踏み

天赦園花舞台2

春雨亭の園側で亀治郎トークショー
聞き手は観光協会の方(藤間流の名取りで歌舞伎通)

天赦園花舞台3

ご祝儀舞「松の緑」
舞は勿論、澤瀉屋「市川亀治郎」
お囃子は三響会田中傳次郎ほか

天赦園花舞台4

チケット購入者にはお茶の御接待が
お運びは京都宮川町の舞妓さん

天赦園花舞台5
コメント
豪華ですね。
春山公が何処かでご覧になっているような感じです。いや、宗城公かな、宗徳公かな?いやいや先代宗禮公がともに鑑賞されておられるような雰囲気です。もちろんご当主は事務所の城代家老を従えてご覧のことでしょう。
これを契機に、宇和島に行きたいという芸能人が多くなるでしょう。継続は宝です。
ご当主はじめ関係各位のご努力に感謝します。
すごいこと
木下博民 様
天赦園で歌舞伎俳優が踊ると言うことは大名家にとって前代未聞でしょう。それをやったことに対して木村氏の辣腕に驚きと感謝を・・・関係各位が努力した結果だと思います。毒に動きのある文化課の活躍が素晴らしく思いました。同じ事の繰り返しでなく、常に新しい者を求めながら継続する姿勢には頭が下がります。
木村さんによろしくお伝えください。
ものごとは「発想の新鮮さとさらに新鮮な継続」が必要ですね。
それにはつねに異質の情報を自分の糧にする柔軟さと「プラス思考」が必要ですね。
宇和島の文化継承発展が緒についた感じがします。これも伊達御当主のご理解があってこそです。
頑張ってください。
No title
 舞台も天赦園で、舞手も一流、優雅な空間が現出したことでしょうね。歌舞伎に誘われたのですが、区の仕事でてんてこ舞いでした。もっとも、出かけたところで、猫に小判だったと思います。鬼城様は、日常に、このような非日常を味わえるのですから、幸せと思います。
何とか
木下博民 様
今回のイベントは主幹の課は大変だったと思います。特に若い方達の力が結集した感じがします。頭が下がるくらい動きました。これに対しては存在感を認めることしかお礼はできません。まことに<(_ _)>
こんなイベントでまとまって、いろんなことに挑戦ができれば良いですね。
梨園
tentijin 様
歌舞伎の世界は華やかですが、その内情はご本人しか分からない。お話の中で、休みは一切無いとのことでした。人生は仕事だし、遊びも仕事なんだそうですよ。本当に顔の変化には驚かされました。対談の時の顔、ご祝儀舞の時の顔、連獅子で見得を切るときの顔、眼・・・一言で言うと「役者」ですね。
歌舞伎役者から学ぶ
私も歌舞伎は大好きで、若い頃はなけなしのカネをはたいて歌舞伎を見に行きました。当時はまだ歌舞伎座が復興していなくて、東劇が中心でした。
歌舞伎役者は生まれたときから役者として育てられますから、いつも客の目を意識していなければならず、失礼なことをいうと「生きた商品」ですから、どんなときでも気を抜いてはなりません。ちょっとの瑕疵でも、針小棒大に批判されます。声、表情(特に眼)、所作が命(商品)ですから、油断できないのでしょう。ある意味では気の毒、ある意味では立派な人生でしょう。
舞台でなくてもお客様に接するときは自分以前に役者という商品でなければならない。もう、忘れかけましたが市川海老蔵事件などいい教訓です。
わたしたちの日々も、どうすれば相手に喜ばれるか、迷惑をかけないか、そんなことを考えます。その点では、落第生の私の猛省です。
日々反省
仕事をしていると評価が気になります。それによって反省しなければならないからです。勿論、ストレスは貯まりますが、脳が刺激され活性化に繋がるような気がします。
深い!
 皆さんのコメントを読ませて頂き、それぞれに深さを感じ、ミーハー的観客の私がここにいていいの・・。宇和島で二日間も、かの市川亀治郎さんの芸に接する事が出来たのは、多くの方の働きがあってのことなのですね。
 今後もこんな機会は安々私には訪れないでしょう。24日は最高の歌舞伎初体験でした。感謝。e-466
ネットワーク
吉野のくいしん坊 様
昔の人(私も)は「人は一人では生きられない。」とよく言っていましたが、現代はそれに加え、広がりが求められています。何か一つのことをするにも、この点から線、線から面への広がりがいると最近特に感じます。今回の小江戸フェスティバルのイベントは外野席から見るのに、面への広がりを特に感じました。関係者の方々に敬意を表します。厚かましいお願いですが、来年度も・・・v-290

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