霧の朝 | 鬼城

霧の朝

2012.01.23.Mon.13:00
宇和島では珍しい朝霧(平成24年1月22日)
それでも年に一回程度は出ている
今日は仕事日だったので撮影スポットは選ぶことができない
通勤途中、立ち寄った場所から
 
霧の中の宇和島城

霧の朝0

霧に浮かぶ宇和島城

霧の朝2

朝日の中の鬼ヶ城
霧が立ち上っている様子

霧の朝1

宇和島の南側
元結掛(もとゆいぎ)方面のアンテナが林立する丘

霧の朝3
コメント
霧の宇和島城なんてロマンチックですね。
「五里霧中」は「後漢書」にある言葉だそうですが、この詞を思い出しながら、宇和島市街は五里もないなあ、いや昔の一里は三百歩だそうだから、それなら宇和島市街は五里の中かな。昔、お城は霧ならぬ樹木に隠れて見えなかったが、いまはまるで裸のお城ですね。
それにしても宇和島の城が木々に隠れていたのは何時のころからでしょう?昭和の初期は街から天守が十分に見えないことを自慢し、天守を見るなら上りなさいといったものです。
東京は昨日は雪、もっとも夜降って、昼はよく晴れていました。自動車事故、都内で270件、なんとも騒々しい街です。
それに比べ宇和島は、常に詩情がありますね。
城山
全国残存天守12城の中の一つ宇和島城。木々に囲まれたのは江戸時代より後の話の「ようですね。昔の城には見通しのため木が植えられていなかったようです。鳥が種を運んできて、今では森の状態になっています。一昨年、天守を見ることができるように間引き、剪定をしました。木の根による石垣の崩壊もあるようです。

霧、宇和島では珍しいですね。今日は寒波襲来で雪、屋根がうっすらと白くなっています。都会は雪に弱いと言われますが、事故多発ですね。それでも車社会なんですね。愛媛では29日から春を呼ぶ「椿祭り」、宇和島では春を呼ぶ「えんま祭り」が5日より・・・天満山の梅林の花が咲くのもあと少しです。
No title
 大洲の肱川あらしをこの目でつぶさに見てみたいという思いが、昔からあります。小規模なものは、南郡の深浦湾で見たことがあります。東海、満倉方面から海面を滑ってくる霧に見とれて感動したのを覚えています。宇和島でも、宇和島道路を別当で降りて右折し、海に出た所の小さな湾に出ていたことがあります。海の霧は、「ほけ」とか「ほっけ」と呼ばれているところもあります。鬼北も霧が多く出る地域ですが、広見川、三間川、奈良川の合流点である出目あたりから湧き起こってくることが多いように思います。川と海、複数の川の水温の違いが霧が発生する原因だと思います。宇和島の町中での霧は珍しいのではないでしょうか?
宇和島城の森姿
昭和初期まで宇和島城という人はすくなく、私たちは「鶴島城」と言い習わしてきました。戦後、それがいつの間にかちょっと味気ない「宇和島城」といわれるようになって、鶴島城なる雅称は聞かれないようになりました。戦後は、そんなことどうでもよかったのですが、いまではやはり鶴島城が情緒ありますね。昔の人は生活の中に貧しくともどことなく優雅な何かを持っていました。
鶴島城の特色は、木の間からほのかに見え隠れする天守の優雅さでした。
もっとも、これは明治に入って一時国の管理になり、やがて国でも手に負えなくなって再び伊達家に返しましたが、この間のこの間の管理がなかなか十分でなく、木々はドンドン大きくなってしまったのでしょうね。大正11年に摂政宮が行啓されたとき天守にも入られましたが、このときの修理費が1000万円ほど要しているのをみても城山の管理は大変なものです。戦後、先々代のときに市に寄贈されたことは、伊達家としては勇断でしたでしょうが、この管理に市が相当の経費をつぎ込んでいるのはやむをえないことでしょう。とにかく、宇和島のシンボルにしたのですから。しかし、市民はこの貴重な財産を宇和島発展のためにどれほど活かしているかといえば、ちょっと頸をかしげます。
まあ、宇和島最大の文化財について、有識者はじめ市民の皆さんに積極的な活用施策を考えてもらいたいですね。
昔、といっても戦後のことですが、改築された蔦屋旅館の庭に、夕方城山の狸が餌を食べに現れるのが評判になったことがありました。人々は、町の中心に狸が棲んでいて、夜な夜な餌を漁りに超一級のホテルの庭にあらわるということが、驚きでした。これも、なんとも優雅な街という感じですね。あのホテルのあった場所は、いまの商工会議所の辺りでしたっけ・・・・
すべてはこれからの「霧の中」でいいのだ、ではちょっと寂しいです。
宇和島へゆけば、お城のさまざまな切り口で分析した資料が何処ででも(書店でも、観光場所の窓口でも、博物館や図書館、役所の窓口など)入手できる街、というもの楽しい。

祝!帰還
tentijin 様

無事、直って良かったですね。それにしても傷みにくいブルーレイドライブが故障とは珍しい。ノートはDVDなどメディアを押さえ込むので傷むのでしょうか? ディスクトップは乗せるだけですから今まで故障したことはありません。人より活用度は高いと思いますが・・・

それにしても寒い。鬼北はまだ寒いでしょう!通勤していた頃、ダムの上のトンネルを越えたら真っ白だったことが年に数回ありました。あの頃はスパイクタイヤでした。とにかく、自然は恐ろしいし、美しい。それぞれの受け取り方だと思います。

ブログ再会、おもしろく読ませて頂きました。何でも良いですから載せて楽しませてください。
伊達文化
木下博民 様
選挙に出る方たちのほとんどのマニフェストは「一次産業の活性化」「企業誘致」という言葉を並べます。自分はこれには首をひねります。具体策は・・・?これまで言及する方はあまりいませんと言うより、4年間や6年間では不可能に近い公約だと思います。一番手っ取り早い活性化は「伊達文化の活用」だと思います。これには予算は少なくて済みます。具体策もいろいろと思い浮かべることができます。
昔の良いものを活用し、それから海、山へ転じれば道は開けると思うのですが・・・
公約がすんなり達成したためしがありませんね。
鬼城ブログ編集長さん
一次産業の活性化、企業誘致などは、わざわざ公約するほどの問題でもなく、政治家を志す人には当たり前のことです。でも、宇和島では、この方々のご努力で、これがどの程度実現したかは、いつもちょっと判りかねます。為政者に言われることは、ほとんど具体策ではなく抽象的なものなのですから。
ところで、貴方の言われる宇和島の活性化を「伊達文化の再生」で実現させるということは、観光宇和島の第一歩にもなりましょうから、大いに賛成です。
試みに、同志の方々と、各自が為政者になったつもりで、宇和島文化充実の手順を具体的に作ってご覧になってはいかがですか?こういう問題は「習い性と成る」(書経の言葉だそうですが)というように、繰り返し繰り返し、手を替え品を買えて訴え続けなければなりません。
その先達になる気概をもっておやりになれば、これまでのように不毛には終わりません。
貴方は私より20才もお若いのですから、これを畢生のお仕事にしてください。もっとも、同志と団結されなければできませんよね。

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