絶筆 | 鬼城

絶筆

2012.01.14.Sat.13:00
1年前の新聞で北森鴻氏が亡くなったことを知った。この方はミステリー作家であるが、ジャンルが「民俗学ミステリー」ということもあって出版の度、期待を持って読んでいる。おもしろさは外れたことがない。それにしても作家という人たちの研究には驚かされる。その中で本音も垣間見えるのがおもしろい。シリーズも多岐にわたっているが、蓮丈那智フィールドワークが中でも好きである。短編集だったのだが、絶筆となった「邪馬台」だけは長編・・・絶筆となると読みたい気持ちが高まる。その遺志を継いで浅野里沙子氏が完成させた。彼女も作家では婚約者だったとか。民俗学に興味のある人にはたまらないと思うが、関心の無い方には何のことだか・・・

絶筆となり書き繋いだ「邪馬台」
蓮丈那智シリーズ最終作

北森鴻4

本編より
「民俗学とは想像力の学問です。この発想には根拠がないだとか、こうした考えは幼稚だとか考える前に、まず自分の仮説を証明することを考えること。そして証明に必要なのは、一にも二にもフィールドワーク以外にはない」

「そもそも民俗学には決まった形が存在しない。イギリスで《フォークロア》という言葉が使われるようになったのでさえ19世紀からであるし、日本においては《郷土研究》の名前において、大正2年に学問としての体系化が始まったにすぎない。以後、南方熊楠、柳田国男、折口信夫といった巨人が出現したものの、民俗学の学問体系が確立されたとは、決していいがたい。むしろ《南方民俗学》《柳田民俗学》《折口民俗学》といういい方が定着していることが示すように、研究のアプローチも方法論も、学者によってまるで違うのが現状だ。現在、ざっとあげるだけで《都市民俗学》《宗教民俗学》《伝承民俗学》《環境民俗学》《道具の民俗学(さらにこのジャンルは、幅が広い)》《性風俗民俗学》など、とんど学者の数だけ民俗学が存在しているといっ ても過言ではない」

助手の内藤が教務部の男(蓮丈那智と同窓生)に聞く場面

「どうして、民俗学から離れてしまったんですか」
「・・・民俗学という学問体系そのものが、すでに死に向かっていると思えたんだよ」
「死に向かっている学問ですか」
 「いくら研究を重ねたところで、そこに答えはない。学問としての意味もない。柳田国男という巨人が作り上げた学問体系に、疑問を抱いた。あるいは・・・失望したのか もしれない」

鬼封会
狂笑面
不帰屋
双死神
邪宗仏

北森鴻1

秘供養
大黒闇
死満瓊
触身仏
御蔭講

北森鴻2


憑代忌
湖底祀
棄神祭
写楽・考

北森鴻3
コメント
民族学面白そうですね。
古本屋の殴り書きのブログである詩人が「宇宙は、原子でできているのでは無く物語でできている。」とありました。至極、名言だと思います。

山岳信仰にもそうゆう一面があると思いますがどうでしょうか?

木下博民先生の真似ではないですが、物語と〇〇学の共通点と相違点とは・・・
色々疑問点が出てきて楽しいですね。
北森さんという方、私は全く知りませんでした。
私の小説はときどき読みますが、この方はどんな方かはじめて拝見しました。
民俗、地方の習俗ってなものは小説家には楽しい素材でしょうね。「民俗学」なんて仰々しい言葉に私はあまり興味ありません。
でも、民俗、習俗は「なぜ、なぜ・・・」と訊ね歩くには楽しいものですね。
私の通った学校の後輩に秋田君というのがいましたが、彼は愛媛では有名な民俗や習俗に詳しい男でした。惜しいことにずっと以前に亡くなりましたが、子供のときから習俗に興味をもって、学校の文芸誌(「学報」といいましたが)に「亥の子唄」など収集発表していましたっけ。
死ぬと駄目ですね、すっかり忘れてしまいますから。彼は司馬遼太郎の「坂の上の雲」の取材にも手を貸していましたが、早死して寂しい限りです。
山岳信仰
ホッホ 様
今年もよろしくお願いいたします。(少し時間が経ちすぎですが・・・) 古本屋の殴り書きも訪問いたしました。しかし、
「宇宙は、原子でできているのでは無く物語でできている。」は初耳。その通りかもしれません。
山岳信仰は、ずーっと昔、興味がありました。自然崇拝だと思います。これも民俗学の亜流でしょうね。近いところでは石鎚信仰・・・南に下ると篠山信仰が在ります。意外と知られていませんが、宇和島市の東側、鬼ヶ城連山に権現山があります。ここも鳥居が立ち山岳信仰の場所ですね。

共通点、相違点・・・うーん、分かりません。(笑い) いろんな人のご意見を聞いてみたいと思います。
民俗学
木下博民 様
ミステリーに興味を持ったのは中学生の頃でした。外国のものにはあまり興味がありません。探偵小説とか推理小説とかいろんな分野に細かく分ける方がいますが、私にはどうでも良い。読後感が良いのがおもしろいですね。社会派もおもしろいですが、重いテーマが多いので・・・

先生の言われるとおり、民俗学となると引いてしまいますが、北森氏のミステリーは、言われているように人の数だけ民俗学の定義はあると言うところに引かれました。つまり、自分の思うままですね。これは自分にぴったりとなったわけです。

ネタバレになりますが、邪馬台では邪馬台国は移動国家だったと結論づけています。真実は分かりませんがおもしろい考えですね。昨年、若くして逝去されました。享年50歳・・・もっともっと読んでみたい本でした。
眼から鱗おちました
面白い、邪馬台国は、移動国家説この発想は凄い。
面白すぎ、歴史学者が言っている色々な問題が解決してしまいます。・・・?
歴史も物語ですよね。
戯れ言
地域の風習を研究するような民俗学は好きくありませんが、伝承とか言い伝えを研究するものは好きですね。

自分の勉強不足をほったらかしにして、空想の世界に入ることが出来ますから。風習の中に歴史が埋もれている、って思うのですよね。叙事詩の中のシェリーマンの歴史発掘のような。

鬼退治や浦島太郎や竹取物語の中に何かの事実がある、と考えれば面白い。
ホッホさんに紹介いただいた関裕二ものも、面白いですよ。共感したり反発したり、あくまでも主体者は自分ですから。

この邪馬台も自分好みのよう気がします。図書館で借りよう。
と思い調べてみたら、四国中央、東温、内子、八幡浜、新居浜図書館にはありましたが県立図書館、宇和島図書館にはありません。悲しいことです。
マイナー
百姓モドキ 様
どうも私の好みはマイナーなようで申し訳ありません。むか~し、テレビドラマで「狂笑面」というサスペンスがありました。主演は蓮丈那智:木村多江  内藤三國:岡田義徳。ドラマのできは不問。内容に興味を引かれ本を探した訳です。東京で購入したと思います。民族学の中でも伝承を主体としているため、なかなかアイディアが浮かばないと作者は言っています。視点が他の人と違っているのが好みですね。つまりマイナー・・・(笑い)

ホッホさん、発想がおもしろいんですよ。つじつまを合わすことも不思議です。古代から現代まで本当に調査をよくしていますね。百姓モドキさん、お貸ししますからおいでください。
民俗学よりも推理小説作家だったのですか、ごめんなさい。
推理小説は、私も昔よく読みましたし、若い頃「毒」という戯曲を書いたことがあり、高校生の演劇活動が盛んだった時代、どこかの学校がコンクールで賞をもらったことがありました。インターネットで検索していたらこの戯曲の題名が出てきておどろきました。昔のことですのに、ネットは怖いですね。
推理小説や戯曲は、ガッチリ構成されていないと面白くないですね。
もっとも、シャーロックホームズはほとんど読んだりDVDを観たり、いまでもします。
探偵小説といわれた頃(昭和初期です。推理小説となるのは戦後かな)に、ポーや乱歩のモノを夢中で読みました。懐かしいですね。もう亡くなりましたが、友人にも推理小説を書いていた樹下太郎という男がいました。

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