お参り | 鬼城

お参り

2011.12.30.Fri.09:00
12月、10年前の積み残しの手術のため入院生活を送った。3日の予定が8日間も病院暮らし、それでも大過なく過ごせた。退院して2日後、松山の伊予鉄高島屋の「大河ドラマ50」の展示会に行く。松山に行けば必ずといっていいくらい「媛彦温泉」に行くことにしている。丁度、道後周りで石手寺のところから畑寺方面にぬける。手術もうまくいって年越しができることから弘法大師様にお礼をと思い立ち、石手寺を参拝することにした。
 
石手寺は山門までの間に出店が並んでいる珍しい八十八カ所
お正月前で参拝者は少なかった

石手寺1

山門

石手寺2

三重の塔

石手寺3           石手寺5
 
本堂より
ご本尊は奇しくも薬師如来

ご真言
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

石手寺4
コメント
No title
 私は、今までの悪行の数々を償いつつ、お遍路を始めようかなとも思っていますが、動機があまりにも小さくて、いいのか分かりません。鬼城様は、もうほぼ回られたのですか?
四国遍路
目的は人それぞれだと思います。どこかの国の総理なども反省を含めてか、歩き遍路をされているようです。小さな目的でも個人的な理由でもこと日本の宗教に関しては問題ないと思っています。手段も歩き、自家用車、ツアー、タクシーなどなどいろんな方法が採られていますが、これも自由・・・自分の宗教観の所為かもしれませんが、身が引き締まることは事実でした。

体調は元通りです。ただ3日で退院するはずが、8日間になったことくらいです。退院した次の日から仕事に入っていますから・・・おまけに飲み会までありました。
四国遍路
お大師さんの1200年祭の年だったかな、四国遍路をしたことがありました。その気になっての遍路でした。といってもサラリーマンには時間なく、何度かに分けて車ですが、参り終えて高野山へも行きました。
そのあと、西国33ヶ所、関東33ヶ所、秩父34ヶ所の100観音めぐりもしました。
そのときめぐり合わせた方々のなかにはいまだに賀状の交遊をしている方が何人か居られます。人生ってそんなものですね。
木下博民 様
人生は縁だと最近特に考えるようになりました。四国遍路で出会った人たちもそうですね。また退職してから後に新しくお付き合いするようになった方々、これも縁でしょう。今更言うのもなんですが、人生とは不思議なものですね。これからも弘法大師様を含め(失礼の段お許しを)縁を大事にしていきたいと思います。
明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます。

鬼城さんやkyoichさんとの出会いも不思議な縁(えにし)でした。
お遍路は、そんな人の一生の出会いの縮図のような気もします。
本当に50日間の旅の間に色んな出会いがありました。

木下博民様。
お遍路で出会った人の話では、西国や秩父の札所めぐりを含めて、四国の地のように、
その場所で暮らす人々に巡礼者が受け入れられていないというお話でした。
そんな意味でも、四国遍路は貴重な文化だと思います。
ただし、そのためには遍路道の整備と維持が不可欠だと思います。
(国道や幹線道路ばかり歩かされる巡礼道では世界遺産登録などありえません)

tentijin様。
どんな形であれ、四国に生まれたならば一度はお遍路をお試しください。
何か、そこから見えてくるものが得られると思います。

若輩者が偉そうなことを言って申し訳ありません。
皆様、よいお年を。
一つ年を
ランスケ 様
明けましておめでとうございます。本年もどうかよろしくお付き合いのほどをお願いします。4月には「ほっほさん」共々、おいでください。南予がおもしろい!

実際に歩き遍路をされた方でないと遍路の良さは分からないと聞きます。最近ではゲリラ遍路なる言葉もあるようですが、実際、長期間歩いて自分を振り返るには良い機会になるかもしれませんね。特に最近では若者が増えている現象もあるとか。人それぞれ悩みを抱えていると思いますが、課せられた業でしょうか?

自分の周りには、絶えず「勉強しなさい」と言わないけれど、教えて頂く方々がいます。全く幸せであるとつくづく感じます。
遍路道は遍路が造る道。
政治家はわれわれrの税金で道を造って偉そうに記念碑まで残しますが、遍路道は、遍路が自ら開くもの、庶民は接待のこころで道を整備する、他人に頼ってはいけません。大師信仰は自らの力で世渡りすることを教えています。
大師にすがるのではなく、見ていてくださいと願い、人生の苦を乗り越える、それが遍路という信仰だと思いますがいかがでしょう。
遍路道の実際
確かに仰る通りだと思います。
実際、歩いてみて四国遍路は遍路道保存協会の人々のボランティアによって成り立っています。
あの赤いお遍路マークと矢印に、どれだけ助けられたか。

それに比べて行政の考えている遍路文化は、観光客誘致の車中心の道路整備。
とても巡礼の道として世界遺産に申請するような代物ではありませんでした。
世界文化遺産にしようなどという発想以前にすることが多いはずですが
南豫の子供たちは、社会人になる前に十分四国遍路を実体験させる試みはいかがですか
残すもの
ランスケ様 木下博民様
今の日本は残すべきものと残してはならないものとが分けられていません。ましてや世界遺産となると、どこに出しても恥ずかしくないもの(車のための道路ではなく、昔ながらの遍路道の整備をしたもの)を申請したいですね実際歩き遍路をされたランスケさんの見聞きしたことは大事なことです。微力ながら、自分もできることをやっていきたいと思います。

負の遺産(乱開発や原発など)だけは子どもたちに残したくないですね。木下先生が言われるように子どもたちには経験が必要だと私も思います。ただし、教育には制約があって(宗教と教育の分離)遍路経験は難しいのが現状です。
教育に制約ですって・・・・
教育を制約したために、戦争に駆り出されたのです。世界中、人間である以上宗教を感じない人間はいません。いるとすればいまの教育規制で育った日本人だけでしょう。
国際人になって他国人と接したとき宗教心のない動物的人種が世界に存在するとしれば唖然とするでしょう。歴史は宗教心なくして読むことはできません。宗教が駄目だというならば歴史教育も出来ないでしょう。
確固たる宗教心のない人が除夜の鐘を撞いても、初詣しても無意味です。たんなる時間の無駄。
心を教えることを許されない教師を養成していては、日本は衰滅します。オウムのような滑稽な宗教(?)に飛びこむ若者だ出るのは、真の宗教心を教えない、避けて通ろうとするから判断できないのです。
宗教心のない人が四国遍路を世界遺産に申請しようということ事態、滑稽ですね。
宗教観に疑問
木下博民様。

私は、あなたの仰る「宗教心」が理解できません。
あなたの「宗教心」は、自分にとって相容れないものを頭ごなしに否定することでしょうか?

それは「オウムのような滑稽な宗教?」と切り捨ててしまうところに端的に現れています。
オウム的なものは、あの事件だけの特異な現象では決してありません。
グローバリズムが席巻する格差社会では、より顕在化してきたといえます。

宗教が果たす重要な役割が、「人の魂の救済」にあるのなら、
彼らを切り捨てることではなく、その問題に真剣に向き合って救いの手を差し伸べることが
宗教の果たすべき役割ではないでしょうか?

既成宗教は、残念ながら現在、世界を覆う病理のような呵責のない暴力や絶望的な飢餓に対処していません。
ルワンダやソマリアの圧倒的な悲劇を御存知ですか?

お遍路で出会った多く人々は、真剣に悩み苦しみ、答えを求めて歩き続けていました。

宗教の教義や解釈ばかりに精通することが「宗教心」ではないはずです。
もっと本質的な問題に目を向けてください。
ランスケさん
ランスケさん
なかなかいいことをおっしゃる。なぜ人は「縋りたい」のでしょうね。わたしもこれまで誰かが、何かが助けてくれるかもしれない、と思って生きてきました。助けてくれたように思っても、そう自分で決める以外にないのです。「宗教心」といってご迷惑をおかけしたようですが、ここでの宗教は形容詞(素直な)にすぎません。心、自分です。自分は弱いものだと思ったから(本当は万人強い心を持っているのでしょうが)、誰かに縋りたくなるのでしょうね。最後は、自分しかいませんね。(前回の話は昨今の「教育」「躾」だったようですが、とんだ方向へ流れてしまいましたね)
この歳になって、やっと今日一日を素直に、できるだけ皆さんに迷惑をかけないように、生きればこんなありがたいことはない、と自分にいいきかせられる気がしてきました。
みなさんの心がそれぞれ違うように、わたしは「押し付けられる既存宗教」を納得できないだけです。
最後に、お名前をはっきりされない方とこんなお話することじたい、こころがなかなか通いません。でも、お互いしっかり生きましょう。

失礼しました
木下博民様。
たいへん無礼な物言い、申し訳ありませんでした。

長い介護の甲斐もなく一昨年、相次いで父母を亡くし、
昨年は、父母との生前からの約束だった供養のお遍路も無事終えました。
その様子をブログに綴ってきたことが縁で、鬼城さんと面識を得ました。

幾度も挫けそうになって弱音を吐いてきました。
そのたびに、鬼城さんを始めたくさんの人たちの心からの励ましで立ち直ってきました。

私は元来、信仰心の薄い自分勝手な人間でした。
それが肉親の死を見守ることで、そして多くの無償の善意に触れることで、
少しづつ氷解してゆきました。
50日間のお遍路道中は、まさにお大師様に導かれての祈りの旅でした。
近頃は「縁起」ということを強く意識するようになりました。

相変わらず思慮に欠ける浅薄な人間ですが、どうかご指導ください。
私のブログは、鬼城さんのブログの右側の「リンク」からLandscape diary ランスケ ダイアリー
で観られます。御笑覧いただける」と嬉しいです。
左側の「カテゴリー」の「お遍路」や「家族」から介護やお遍路の様子は御覧になれます。

                                              土居敏昭


これは鬼城さんのブログであまり私的なことは書けませんが・・・・、
土居敏昭さま
これは鬼城さんのブログですから、私もあまり私的なことは書けませんが、四国遍路の最大の長所は、静かなハレの気持ちになって旅をしながら、同じハレ心理にある人々との付き合いでしょう。
その方々との付き合いほど純真なものはありません。今年も賀状を頂いた方の中に、「あれから20年経っていますね」と添え書きしてくれて人がいます。竹生島(西国霊場の一つ)に詣でたときに、船で話したお子さんのいないご夫婦でした。写真を写して後で送りましょうと言ったのに、そのフィルムをなくした謝りを書いたのが機縁でした。その方も私を忘れておられませんし、私もその方の話が励みになりました。
これもご縁でしょう。気持ちだけはいつまでも青年でありたいですね。

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