読書(乱読) | 鬼城

読書(乱読)

2011.12.25.Sun.12:00

私の読書傾向には、3つのタイプがある。「自分が進んで読もうとする物」「人から薦められて読む物」「流行に後れまいと読む物」。つまり、節操が無いことに他ならない。

今回の入院では、退屈だろうから貸して頂いた本、前々から読んでいたが再読しなければと思っていた本、新たにプレゼントされた本などなど。入院が長引いたので読んだ本も増えた。


三陸海岸大津波         林住期
 

◆山本五十六 半藤一利著
 誰よりも、開戦に反対した男がいた。現在上映中の原作本。

◆星月夜   伊集院静著
 新しく、何かに挑もうと決めた。初めての推理小説を書くことにした。
 1961年「砂の器」、1963年「飢餓海峡」、そして2011年- 社会派推理小説の誕生!

◆三陸海岸大津波 吉村昭著
 2004年に過去の大津波に関するこの本が出ていることに驚き。

◆林住期 五木寛之著
 古代インドでは人生を4つの時期に区切るという。
 「学生期」(がくしょうき) 0~24歳
 「家住期」(かじゅうき)  25~49歳
 「林住期」(りんじゅうき) 50~74歳
 「遊行期」(ゆぎょうき)  75~90歳
 インドでは、「学生期」で学び、
       「家住期」働き、家庭をつくり、子供を育てたあとに、
 人生のクライマックス「林住期」を迎える。

◆八つ鹿踊りと牛鬼 木下博民著
 祭りにつきもののお練り、民俗学の分野まで踏み込んだ宇和島の歴史との関わりは見過ごせない。

◆伊達政宗の手紙 佐藤憲一著
 1995年現在、豊臣秀吉80通、徳川家康25通、政宗1,000通以上の手紙
 いかに政宗が筆まめだったか分かる。

◆利休入門 木村宗慎著
 お茶を知らなくても「茶道」のすばらしさ、歴史がよく分かる。写真、何の気なしに生けている花も見所。

◆神の木 いける・たずねる 川瀬敏郎・光田和伸著
 12のご神木についてのエッセイとそれを生ける花人とのコラボレーション。

◆邪馬台 浅野里沙子・北森鴻著
 若くして亡くなった北森鴻、この人の蓮丈那智シリーズは民俗学と謎とを絡めたミステリー。
 絶筆となったこの作品を浅野里沙子氏が引き継ぎ完成させた。

◆宇和島藩 宇神幸男著
 この本一つで宇和島の歴史が分かる。宇和島の歴史入門書。
コメント
No title
 私ならとても読めない数の読書をされていますね。中で「林住期」(りんじゅうき)なるものがあることを知り、興味が湧き、詳しく知りたいものだと感じました。いつか手ほどきをお願いします。
林住期
作家という人たちは、いろんな情報を蓄えているんですね。この「林住期」などと言う言葉自体ははじめて聞きました。人生で一番充実している年齢は「50歳~74歳」と行っていることに対して「なるほどなあ」と感心した次第。今まさに「林住期」、一生懸命生きなければ・・・もう一つ4つに分けたものに「青龍」「朱雀」「白虎」「玄武」を割り当てていましたね。中国の儒教の思想でしょうか?
読書は心の糧、身体の糧は飯
読書されることは心の基本的栄養素ですね。いつか、私は入院中に近藤俊文先生の『カルテの余白』を読んで、大変勇気を得たことがありました。環境と選ぶ本はこれまた大切ですね。
私は、本は大なり小なり推理小説のような手法で書かなければなかなか人は読んでくれません。十分に伏線を処々に張っておいて、最後にそれらが巧く結ばれる構成が、意外と関心を得るものです。
いま半藤さんの山本五十六が読まれていますが、阿川弘之のも読んでください。これは傑作です。もっとも、山本家の遺族からクレームがでたほど山本五十六の裏面にまで迫っています。ついでに、阿川には『山本五十六』『米内光政』『井上成美』の3部作があります。海軍の反戦論者です。
私は、ある会合で、山本五十六の子息に「負けると知っていてなぜ近衛に半年は暴れてみせる、などと言ったのか、最初からアメリカと戦争しては絶対勝てないといわなかったのでしょう」と尋ねたことがありました。そのとき子息は「バカなのは近衛です」といいました。「バカならばバカにわかるよう、率直にいえばよかったですね」といったことがありました。人間は決して神格化されてはいけません。海軍の最大欠点は東郷を神格化したせいです。
山本五十六
木下博民様
私は山本五十六と聞くと「反戦論者」と連想します。先生に言われるとおり「なぜ」が冠につきますが・・・とにかく、難易もしゃべることのできなかった時代、口をついて出た言葉には重みもありますね。阿川氏の本読んでみます。最近、本を読む機会が増えました。しかし、一度では頭に入らず、再読しています。新しい発見などあると、何を読んでいたのかと自分の問いかける場面も多々あります。とにかく乱読、速読ですから・・・
口を封じられた時代だけは来ないことですね。
山本五十六をしてもあの程度の抵抗しか出来なかった時代、私たちは素直に体制に順応して生死をさ迷いました。
指導者になる人(子供に対しては学校の先生です)が、はっきりした信念を持っていなければ人は育ちません。今日、何か言うと「想定外」だったと逃げる、つねに誰かに頼ろうとする社会にしたのは、戦後の「権利ばかり主張した教育」もその一つではないでしょうか。石川達三に『人間の壁』という当時の教師像を描いた小説がありますがお読みになられたことはありますか。あの聖職の衣を投げ捨てて労働者と嘯いた教師をみて、これでは日本は永久に幸福な国にはなれないと思いました。
私は、戦争に負けて日本に帰ってきたとき、最初に自分に言い聞かせたことは、「今度こそ負けないぞ。これまで何か言うと神風頼りの上司ばかりだったが、俺はそんなものに頼らない。負ける戦争は絶対やらない。ただ絶対神には逆らえないから、自力のままに生きよう。他人を危険にさらすようなことは絶対しない」と誓いました。中国の戦場から復員船で博多に上陸(1946.5.23)、小倉から別府へ周り、この日たまたま旅館で、天皇じきじきの飢餓突破激励の勅語放送を聴き、翌日、樺崎に上陸、灘橋のところまできて焼け野原になってしまっていた宇和島の街を眺めたことは、生涯忘れません。
とにかく、博才に長けた山本五十六が、『軍人の忠節』とは戦争をやることではなく、戦争をやらないことだと声を大きくして欲しかったですね。真珠湾奇襲は大きな博打、たまたま勝ったに過ぎません。これで国民は絶海勝てるという夢を抱いたのです。博打はお遊び程度なら夢ですが、国家を揺るがす行為ではありません。危険な夢暗示を国民に与えた指導者が、真の指導者といえましょうか。



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