仙台へ | 鬼城

仙台へ

2011.11.23.Wed.18:46
仕事で仙台へ向かった
杜の都、仙台へは数回訪れている
震災の復興はいち早く行われたと聞いた
お見舞いの電話は差し上げたけれど、実際お目に掛かってお話しするのとでは違う
松山から羽田、東京駅から「つばさ」で仙台へ9時間ほどの旅
駅に着き、見回すと震災の痛手が目につく
これが海側ではがれき処理をして、何も無くなっているとお聞きした

大改修中の東京駅
シンボルのドーム

仙台1

東北新幹線「つばさ」
東京より北の新幹線に乗るのは初めて東京仙台間は2時間前後で着く

仙台2

仙台駅の待ち合わせ場所のステンドグラス

仙台4

外に出るとデッキが
初めて行った時はこのデッキに驚いた
なんとまあ、便利な道(確実に田舎者)
日本で最も規模の大きいペデストリアンデッキは仙台市の仙台駅西口のものである。東北新幹線開業前の1977年12月に完成し、その後、部分的に延長されてきた。デッキ上には樹木が植えられ、また駅前に立地する大型店と連結している。また、エレベーターが諸所で地上や、地下の仙台駅東西地下自由通路や地下鉄仙台駅のコンコースに繋がっており、多くの人で賑わうため、実質一階として扱われている。ペデストリアンデッキの階段にはロードヒーティングが設置されているので、雪が降っても積もらずに融ける。

仙台5

ペデストリアンデッキからすぐ行くことのできる「ホテルメトロポリタン仙台」が宿泊場所

仙台3

夕食は外食
仙台の夜の街に繰り出した青葉通り、常禅寺通りのイルミネーションはまだ先のようだ
震災による省エネ化と思ったら設置準備をしていた
一月遅れの紅葉

仙台6

仙台と言えば「牛タン」
勇舞な店の順に予約を入れたがなかなか見つからなかった
ホテル推薦の店「一仙」、堪能した
今日の仕事の慰労、及び明日からの仕事に備えて

仙台7
コメント
覚えがあるような
一仙、覚えがあるような?
地下街のようなところではなかったですか?。地元の人に聞いて行ったような気がしますが
同じような名前はありますからね?一休とか一学とか。

ワンゲルOB会松島大会の帰りに寄ったところがそこだったような?
健忘症も発症しているので何とも言えませんが。

しかし、仙台駅の変わりよう。年を取るはずです。
普遍と変化
東北大震災で市内はあまり変わらないけれど周辺部は大きく変化するでしょうね。なんとまあ、「牛タン」の店の多いことか。それが満席・・・普通日ですよ!

最近特に思います。変えなくてはいけないもの、変えてはいけないものの区別がついていないような気がします。事業仕けもやっている人は有識者かどうか知らないけれど、一般とはかけ離れています。今朝の愛媛新聞に石鎚の「マウンテンバイクレース」「ロードレース」と「トイレ問題のサミット」の比較の話題が出ていました。自然との協調はむつかしい。ただ興味を惹く話題ではと考えるのは年の所為?
仙台はいい町ですね。
私は、駅舎がバラックの時代から何度も訪ねましたが、駅舎が完成し、つづいて駅前に歩道専用の広いデッキができて、すっかりかわりました。青葉城公園にもなんども行きましたし、御廟へも参りました。会社の支社が青葉通りにあったのを一本北側の広瀬通りに移したときには仙台の道の格を知らないと上司に叱られたこともありました。
仙台はやはり宇和島と何処か似た城下町です。
ご存知ですは、青葉城には本丸はありますが、天守閣はありませんでした。ここらは幕府に遠慮した政宗の戦略だったのでしょうか、天守閣などは、一旦戦争があれば無用の長物とでも思ったのでしょう。そうそう、瑞巌寺は一旦ことがあれば陣屋にもなるなかなかに工夫された建物です。お気づきだとおもいますが。
政宗
仙台へ居城を移したときに、いろんな工夫が成されていますね。先生がご指摘のように瑞巌寺は仙台城(天守は無い)が落ちたときには陣屋になる構えとか。その様子は窺えませんでした。ちょうど本殿など平成の大修理中で誠に残念でした。

青葉通り、広瀬通り、常禅寺通りと大きな通りが3本在りますね。欅並木の新緑の頃を思い浮かべて「杜の都」の別名があるようです。これは戦争で焼け野原になったあと、街を作り替えていった知恵でしょう。仙台から海岸方面に行くとそれ以上の惨状があるようです。一日も早い復興を祈念しています。

美観地区保存条例があるのである程度の変化しか見えませんでした。宇和島も20年前くらいに条例ができていればと悔やんでいます。景色など交えた報告は「伊達博通信」で・・・
No title
 私も1度だけ訪れたことがありますが、何だか住みたくなるような町でしたね。焼き物に興味があるので、武家博物館に展示してあった陶器を再び見に行きたいと感じました。宇和島と縁のある仙台なので、交流が盛んになるといいですね。ひょっとして鬼城様の目的は、そのラインですか?
交流
交流は姉妹都市ですから市単位で行っています。今回の訪問は伊達家の交流、そして仙台市博物館と伊達博物館との交流を密にするという機会でもありました。その話し合いは非常にうまくいき、これからのレール敷きはできました。

焼き物の趣味は知っていましたが、東北にも・・・そういやあ、仙台市博には古い焼き物の展示がありました。興味があったので鎌元さんのこととか、土のことについて聞きしましたが、現在は細々とやっておられるとか。

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