鶴見神社 | 鬼城

鶴見神社

2011.11.02.Wed.12:00
七五三のお祝いのため横浜市鶴見区にある鶴見神社を訪れた。鶴見駅のそばにあり、周りは高い建物にかまれているが、神社らしく、閑静な場所である

鶴見神社の創建は、推古天皇の時代(7世紀初め)と伝えられる。古くは杉山大明神(杉山神社)と称された。1920年(大正9年)に、社名を鶴見神社と改めた
神社に続く参道

鶴見神社0

鶴見神社鳥居

七五三のための屋台の準備がされていた
普通、七五三は11月15日であるが、今回は諸事情から10月末にお参りした

鶴見神社

鶴見神社社殿

鶴見神社3 

鶴見神社社殿内部

鶴見神社4

鶴見神社本殿

鶴見神社1 

コメント
No title
7世紀には、日本中に沢山の神社ができました。いま、伊予の三島神社群について学んでいますが、なぜこの時代に神社ができたのか?どなたか、現代人にわかるよう説明してくれませんかね。
神社とはなにか?教理をふるまわす一神教とはちがって、日本の神社は依代に億万の神がやどっていると信じます。この神について、素直に子どもたちに話せればありがたいのですが、戦後は神といっただけで学校では教えないようですが、それで日本人を理解することができるだろうか?
神社をさもデズニーランドと同じように感じる教育をしてきた戦後の教育者先生方にお尋ねします。
民俗学
まずは教育についてです。外国と違って日本では「宗教分離」「政教」分離が法律で定められています。授業で仏教とか神道とか歴史的流れのもの以外については教えることができません。ただできるのは私立の高等学校と大学でしょう。授業に宗教という科目もあります。公立の学校では教育課程にはありません。

7世紀に神社が盛んに建てられたとのこと、知りませんでした。三島神社というのは全国にいくつあるか分からないくらいありますね。その土地土地の名前をつけた神社、人名の神社等々、いわれによって違っています。この研究は民俗学の領域だと思います。これも幅が広いので研究は大変だと聞いています。柳田国男とか南方熊楠などが有名ですが、彼らも得意分野があって、神社についてなどの書籍は無いようです。
神社考
神社へ参るほとんどの人が、どなたが祀られているか判らないままに手を合わしますね。なぜか?真剣に考えられたことがありますか?
特に天神の場合はそうです。「・・・の命」といっても、それがどんな人が知らないでしょう。宇和津彦神社で主神はともかく配神となると、おそらrく神主さんでも名前はいえても、それぞれの配神理由など、言下に言うのは難しいでしょう。参拝者はそれを全く期待していません。では、誰に向かって手を合わせているのか?そう、簡単です。「自分に向かって手を合わせているのです。自分の中に依る神々に問いかけているのです。
宇和津彦神社の主神は「宇和津彦」ですが、この人、いや人ではない、宇和にきたであろう、いまもいりだろう逞しいエネルギーの基だと思ったりしましす。
人はこころがある以上、誰かに、どこかに頼ってはじめて自立するのです。その頼る処が神であり、その場所神社だと、思います。伊予に三島神社の多いのは、河野氏が統治(権力の浸透)手段として、自分の氏神を処々に祭って行ったのです。
この神、百済からこられた神だと古事記(?)にあったように思いますが、これも何処でもいいのです。自分たちの先祖のこころなのですから。
いやはや、つまらんことをいいました。

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