川 | 鬼城

2011.09.19.Mon.10:00
宇和島には鬼ヶ城山系を水源とする川が3本ある。須賀川(水分)、竜野川(毛山)、神田川(大谷山)である。むか~し、築城の名手、藤堂高虎が板島城(宇和島城)を築くとき、川に挟まれ(竜野川と神田川)、前は海で最強の守りの城ができると言い、築城したといわれています。

さて、その神田川は私の散歩、トレーニングコースに当たります。雨の後は流れも速く、水量は増しますが、すぐ流れは少なくなります。つまり増水しやすく、水量はすぐ無くなるということ。子どもの頃、豊かな水で泳いでいた頃を思いでします。
中流の護岸工事(道を広げている)をしている神田川(じんでんがわ)

神田川1

神田川中流

左右から流れ込んでいる土管は溝からの排水


神田川2

先日、県の工事で向かって右の葦の林を撤去、そして土砂を取り除いた
右手は道路の幅を広げ、左はコンクリート
川底の面積は小さく、まるでルージュのコースのよう

 神田川3

昔ながらの景色
山が迫り、岩盤に覆われ、水量が増えれば滝のようになる
右手が山であるが、鹿やイノシシが出没する

神田川4 

ここから上は人家が少ないが、川の護岸はコンクリートで固められている
ここから一気に大谷山まで川は登る

宇和島側は山が浅く、水の確保はむつかしい
鬼ヶ城山系で降った雨は、ほとんどが高知に流れる
南予地方の農業(特に海岸)は水の確保が大事だったかよく分かる

生きていく上では水は大切である
文明と自然の協調性が課題

神田川5
 
コメント
No title
 神田川は、私の子供の頃の格好の遊び場でした。5歳くらいまでの時期なので魚を捕る技も拙いので、たいした活躍もしていなかったでしょうが、年かさの人たちがウナギ鋏と箱眼鏡を持って石ぐろの石を1つ1つ静かに取り除けていき、ウナギを捕まえるのを倦かずに眺めていました。ウナギだけでなくナマズも鮒もいました。私に捕れるのは、小鮒くらいでしたが、川下にスイデを構え、岸辺の草の根元を川上から川下に向けて足で魚を追い込み捕まえる名手でありました。懐かしい川ですが、子供の頃感じた川よりずっと小さな川であることが、大人になって分かりました。
古戦場
tentijin さんは神田川、古戦場ですね。釣りキチ三平の漫画で、大人になって訪れたふるさとの川が小さくなっていたという話がありましたが、子どもの頃は大河だったんだろうと思います。しかし、日本国中、護岸工事で昔の景色は一変しています。
奈良川の原風景、大切にしないといけませんね。川遊びをする子どもの存在前に「危険だから川に行かないように!」などという教育は間違っていろとしか思えません。共存・・・このことから教えなければ・・・スイデ、地獄、石畝(いしぐろ)思い出します。
神田川
神田川の記事が出ると、黙って見過ごすわけにはゆきません(笑)

この川沿いで母が過ごし眺めた風景だと思うと、
どうしても、この界隈の風景は特別な感慨があります。
お彼岸の墓参の後、また歩いてみたいと思っています。

鬼城さん、ほっほさんの想い入れに対する温かな心遣いありがとうございます。
今回の特別展に、ほっほさんも行きたがっていましたが、
奥さんの体調がすぐれず、やむなく諦めたようです。

私は、台風一過の23日、秋分の日に伺おうと思っています。
国宝屏風絵、楽しみにしています。
お彼岸
此岸の縁にいるものが、彼岸の者を思いやる、日本のよき風習ですね。ランスケさんにとってお母さんの思い出につながる神田川・・・写真はお母さんの思い出の場所、富沢町からは200mほど上流です。そして源流下・・・今日はごうごうと流れていました。

思わぬ、長居をする台風、この台風が過ぎれば秋でしょうね。ほっほさん、奥様の病気よくなることを祈念しています。機会があれば是非おいでください。そしてお声がけしてください。ランスケさん、23日お待ちしています・・・
台風お見舞い
宇和島の河川は小さいから大雨では溢れることもありましょう。滔々と流れる神田川を思い描きました。お見舞い申し上げます。
ありがとうございます
木下博民 様
台風お見舞いありがとうございました。いつもの事ながら被害は少なかったようです。宇和島という地域の災害に対しての強さを認識します。しかし、今回も国道56号線の崖崩れがありました。和霊大橋から松山方面に少し行ったところです。現在は復旧・・・防災工事中ですが、工事を急ぐ必要があります。

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