訃報 | 鬼城

訃報

2018.06.11.Mon.08:00
別れ

6月8日金曜日夕刻、亡くなられたとの連絡を受けた。
10日通夜、11日葬儀・・・
「弔意など無用」との遺言があったとか。
頑固で融通は利かない方だったが、この方ほど宇和島を愛した人はいない。
18歳で宇和島を出て96歳(15日で)まで宇和島を思っていた。

会社を退職したのちは、執筆、そしてそのための研究を欠かさなかった。
私との交流は13年間だったが、内容は濃かった。

私のブログに必ず書き込みをして頂いた。
辛口、的外れなどいろいろあったけれど・・・
やはり別れは辛い。
どうぞ安らかにと祈るばかりである。

南予明倫館
コメント
No title
 亡くなられたのですか~。残念ですが、大往生だったですね。
 鬼城さんが、書かれているとおり、木下先生ほど宇和島を愛された方はいないのではないでしょうか。
 私は、一度もお会いしたこともなければコメントをいただいたこともありませんが、鬼城ブログに寄せられるコメント読めば宇和島魂や宇和島愛を感じることができました。
 心よりご冥福をお祈りいたします。
お悔やみ
 ずっと頑張られているな~と思っていましたが、お別れの時が来てしまったのですね。
木下先生のコメントは考えさせられることも多く、注目していました。
 吉野に住んでおられた事も有ったようで、質問のコメントが入っているとちょっと緊張したものです。寂しくなりました。
 ご冥福をお祈りします。
No title
そうでしたか・・・

きずなの「もう(漢字が出ません)寿漫言」楽しみに読ませて頂きました。
ご冥福をお祈りします。

弔意
鬼城様のブログを拝見するだけでしたが、木下先生の後のコメント書くの恥ずかしかったですが、良い思い出です。有難うございました。読んでいただいていたのが嬉しく、思い出されます。
ご冥福をお祈りします。
No title
闘病中とは聞いていました。亡くなられたのですか。随分頑張っておられたのに残念です。心よりご冥福をお祈りします。合掌
教養人
残念です。
鬼城さんのブログを開くたびに、木下先生なら、どういう見解を示されるだろう?
と毎回、楽しみに拝見していました。

初めは、その強烈なキャラクターに圧倒され、不遜な言動に反発を覚えることもありました(笑)
でも次第に、その下から覗く、独特の洒脱さや軽妙さを感じるようになりました。
結構、ユーモアとウイットのある人だったのではないでしょうか?

郷土史のことは、よく分かりませんが、
あの幅広い見識には、いつも驚かされました。
間違いなく今では貴重な存在になった教養人だったと思っています。
もっと体験された激動の昭和史のことをお聞きしたかった。

御冥福をお祈りいたします。
頑固
syoryuで~す。 様
13年前にお会いし、いろんな面で勉強させられました。(笑い)戦争経験がおありで靖国参拝を欠かせられませんでした。自分もいつかと・・・残念ですが、天寿全うです。
地元
吉野の食いしんぼう 様
これほど生まれ故郷を大事にされた方は居ないと思います。松野、旧宇和島・・・自分たちが知らないことを教わりました。まだまだお聞きしたかった。共にご冥福を祈りたいと思います。
書くこと
きみちゃん 様
まだまだ書きたいと言われていました。あれもこれも・・・それだけ故郷に対する気持ちが強かったのでしょう。K氏の文章とはまた違った面がありましたね。もう見ることができないとなると哀しいですね。
人との交流
結女 様
ブログ交流が盛んでしたね。頑固な面がおありなので惹く方も居ますが、会って話すとこれほど面白い方は居ない。松野に対する思い入れもまた格別でした。
会わせたかった!
うわつ 様
面白い方でした。「うわつ」さんとはウマが合ったと思います。宇和島を愛する共通点がありますから・・・もっと広く知らせる必要がありました。「きずな」しかり、「つなぐ」しかりです。
理解
ランスケ 様
はらはらどきどき(爆)論戦となると付いていくことができない。ランスケさん、木下先生ともども博学で自分を持っておられますから仲介役としては大変です。(笑い)一度、会わせたかったですね。何処の地域でも郷土を愛する気持ちが共通ですから・・・本当に面白い方でした。
No title
 先生の意にそぐわない私だったと思いますが、骨太のコメントを読むのは痛快でした。ご冥福をお祈りいたします。
大正生まれ
tentijin 様
少なくなりましたね。寂しい気もします。いろんなことを教えて貰ったり、怒られたりしましたが、心に残る方でした。お付き合いは12年間・・・博物館勤務と一緒でした。寂しさが募りますね。
No title
弔意

ご意見番が亡くなられたことに慟哭。もっと、早くに多くの研究を発表して辛口の批評を仰ぐべきであったと後悔頻り。これまでの研究を退蔵することなく発表してゆきたいと思います。どうか、安らかにとお祈り申しあげます。

     橋本増洋
個人も・・・
橋本増洋 様
最後のメールが30日でした。心臓の手術のため入院すると・・・今回は最後だと思っているとのことが書かれていました。7日に元気で退院されたそうです。ところが8日容体が急変し、亡くなられました。最後まで自分記を書かれていたようです。合掌

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