市民歴史文化講座特別編 | 鬼城

市民歴史文化講座特別編

2018.06.06.Wed.09:00
宇都宮次郎、缶詰で宇和島の未来をつくる!

伊吹町EDIONの国道側に記念碑がある。
歴史を辿れば失敗の連続、それからの立ち上げであった。
彼の生き様で驚いたのは明治、大正の宇和島の財閥との関わりだった。
中野逍遙が甥にあたることも初めて知った。
宇和島御三家(堀部、槇本、石﨑)との関わりも面白い。
その頂点に立つ人物が浦和盛三郎・・・
やはり何かことを興し、成功させるには人との繋がりが大事だということがよく分かる。
素晴らしい講演だった。
2時間があっという間に過ぎた。

宇和島人として残念なことは、資料等に取り上げられている建物など残っていないこと!
しかし牛肉の缶詰は現在も販売されている。
伊達文化保存会の仙波ひとみさん御苦労様でした。

講演1

講演2

講演3

講演4

講演5
コメント
No title
 残念でした。別の用事があり拝聴することができませんでした。
 仙波さんは、他とは違う視点で物事を捉えているように感じています。また、彼女の文章表現力は抜きんでているなと、天赦園ブログを見ながら感じています。
 そのような彼女のお話だからきっと「楽しい講演会だったろうな。」と、参加できなかったことを残念に思っています。
繋がり
syoryuで~す。 様
伊達家の家臣団の話に起因しているんですね。穂積兄弟とか渋沢栄一の奥さんの話などの繋がり・・・そして一番興味深かったのは明治、大正、昭和を通じて活躍した宇和島の財界人達の話でした。その中核に愛南町魚神山網代の浦和盛三郎が居たと言うこと。彼の葬儀は大超寺の住職が導師を努めたそうです。宇和島運輸創設、宇和島缶詰創設・・・面白かったです。次は堀部公園の話題が6月24日生涯学習センターで・・・講師は近藤名誉院長さんです。これも興味深い。
No title
 宇和島の歴史には、全く無知な私ですが、子供の頃、今のエディオンの辺りに缶詰工場があったのを記憶しています。それが、宇都宮二郎さんの立ち上げた会社だったのでしょうか?私の母も、一時その缶詰工場で働いていました。
同じく
 私もtentijinさん同様、人物伝に興味はありますが殆ど知りません。
 20代前半、自動車学校の帰り、土砂降りの雨と雷におののいた場所の前に缶詰工場がありました。この会社だと思います。大和煮の缶詰は数年前母が同級生に貰ってきましたが、この流れを汲んだものだったのでしょうか?
宇和島スピリッツ
tentijin 様
維新の時代から試行錯誤し、宇和島缶詰を立ち上げた時朗さんの生き様に関してはほとんど知らなかった。北海道開拓の話とか、宇和島運輸など、現在の流通に関してまで興味を持っていた人。残っているのは「やまとに」の牛缶のみ・・・
閉鎖
吉野の食いしんぼう 様
記念碑によると平成16年閉鎖し松山に拠点を移すとある。便利さの追求、そして地方の疲弊そのものである。明治より続いている「やまとに」の牛缶はまだ存在して販売されている。宇都宮次郎氏の生き様を辿ると維新後の宇和島の様子が垣間見える。
No title
缶詰会社ありました。そばにらくれんもあったような?その頃は活気があったように思います。昔の写真は柳があります。見たことのあるような無いような?(笑)
変化
うわつ 様
アメリカの大統領選挙の時、オバマ氏が「変化と挑戦」のうたい文句で当選しました。大好きな言葉ですが、宇和島は変化ばっかり、良い物を残さない特徴が有ります。「普遍」という言葉が必要ですね。らくれん、ありました。大手通の柳もしかり・・・御殿から城への道筋にあった2本の松も切りました。何も無い街になりそうですね。
熊八翁
先生

先日はお忙しところお越しいただきありがとうございました。

キッズミュージカルを観ながら、地元宇和島頑張らなければとつくづく思いました。

朝一でコメントしましたが、送信されてなかったです。
No title
すみませ~~ん。

アップされていましたm(_ _)m

以前お客様からこの大和煮のことで質問がありました。闘牛が盛んなので、肉の缶詰があるのですかと(^^;)
浦和盛三郎
あの狭い半島を巡ったばかりなので、身近に感じられます。知らない郷土の偉人が沢山おられますね。宇和島運輸も懐かしいです。子供の頃別府まで乗った記憶があります。矢印牛肉大和煮は今でも売られているんですね。へぇ~、お値段を聞いてびっくり!大正時代の追手通りの写真は、建物と言いなかなかハイカラで同時期の東京にも負けていないのでは?お店は何店でしょうか?国分寺市辺りはまだ村?か町だったと思います。郷土の歴史を伝える努力を惜しみなくされている皆さんに拍手👏
記憶
kinoppy 様
宇和島は狭い街、そして埋め立ての歴史があり、古いものが残っていない。そんな中で研究されている。けれど残っていないから説得力が無く。訪れる人も・・・悪jyんかんを繰り返しています。そんな中でも昔のことを残そうとする努力には同調します。由良半島の道・・・狭く不便ですが、ここにも生活があります。地域格差と口では言いますが、現実は厳しい。

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