親牛鬼パレード | 鬼城

親牛鬼パレード

2017.07.28.Fri.12:00
位置

親牛鬼パレードの開始の式典があり、出発!
その前に定番の市役所牛鬼保存会の牛鬼とお城を・・・
牛鬼祭り大好き人間の撮影と倉吉の白い牛鬼!
そして打吹童子ばやしの追っかけが今年のメイン・・・


牛鬼1
牛鬼2

牛鬼3

牛鬼4

牛鬼5

牛鬼6
コメント
No title
やっぱり、和霊様のお祭りと言えば牛鬼、それも私は赤い牛鬼がしっくりきます。お祭りに燃えている男の人達のパワーが伝わってきます。
あか・えんじ・しゅろ
吉野の食いしんぼう 様
色とりどりですね。上記の3つが定番ではないでしょうか?松野からも来ていました。この牛鬼祭りに欠かせない男の写真です。(笑い)多分、奥さんは知っている人ですよ。
デカンショ
妙典寺前の牛鬼ではバカは高い所に上がるといって牛鬼の上には上がらんかった。
理由は妙典寺前の牛鬼は丸穂の牛鬼より大きかったのでえんじ色の布は赤より厚くて高価だったのだろうと思う。
妙典寺前の牛鬼の頭はその後どうなったのかな?
あの頃仕切っていたのはSさん達だった。
帰りは「デカンショ~デカンショで半年暮らす~🎵 あとの半年寝て暮らす~🎵酒が入っているので右に左にジグザグしながら進むのを子供は竹ぼら吹きながら右にいったり左にいったり金魚のフンのようについて歩いた。
自分の中では牛鬼といえばはデカンショ節である。
No title
太い竹の笛をボウボウと吹いて闘牛や牛鬼の後ろから歩いてました。
懐中電灯ではなく、ブリキのバケツの底に取手をつけて、中に地球ゴマと同じ機構で、ロウソクを安定させてた竿灯?
すごいアナログな懐かしい記憶です。
知らなかった!
うわつ 様
この年になって、牛鬼の打ち上げ、帰りには「デカンショー節」とは・・・牛鬼祭りで一番残念なのは、ブーヤレが無いことですね。担ぎ手も勢いが無い。大酔いになる書き手もなく、上品になった牛鬼・・・祭りは食傷化されるでしょう。
訪問ありがとうございます・・・
尻割れ山 様
久しぶりに「竿灯」を聞きました。私のころは、8月7日の七夕行事で使いました。女の子達は提灯、男の子達は提灯と竿灯でした。不思議な灯り道具でしたね。後で聞くと江戸時代から有り、赤穂浪士討ち入りの時も使ったとか。ろうそくは機構上、いつも垂直になっている。つまり、消えない仕組みだったですね。竹ボラ、復活を望みます・・・
わたしが子供の頃の七夕
夜になると男の子は「龕灯」、女の子は金魚の模様など書いた提灯をもって「七夕様、御まいしょ」といって路を歩きました。提灯はすぐ燃えて骨だけになり、こどもは泣きましたが、少々の風では龕灯は消えず、便利な懐中電灯のような感じでした。
龕灯
木下博民 様
竿灯は秋田でしたね。(汗)うろ覚えになっています。便利な照明器具です。写真を撮るのに花火など設定で灯りが要ります。その道具がLEDライトです。小さくても明るい。技術の進歩は早い・・・七夕行事、全国では違うのでしょうね。7月、月遅れだけでも違いますから・・・小さい頃はこんな勉強をしたいと思っていました。柳田国男の世界です。
御返事有難うございます。
御挨拶も無しで書き込み致しまして失礼しました。
龍の炒飯を調べておりましたら、ここへ辿り着きました。
山とか三島神社など拝見し懐かしさに舞い上がり、酔っ払いが暴走してしまいました。


龕灯という照明器だったのですね。
検索しましたら懐かしい画像を拝見しました。
有難うございました。
懐かしさ
尻割れ山 様
尻割れ山などという山をほとんどの人は知りません。画像を見れば、なるほどと思う山ですね。(笑い)左が毛山、右が大谷山などというのはだれも知らないでしょうね。鬼ヶ城のすぐしたには、満州から引き上げてきた方たちが開拓した場所が在りました。そこが大杉山・・・大超寺奥から大杉山に登っていくと滝がありました。今では水量が減って滝になっているかどうか?是非、覗きに来てください。大歓迎です・・・
少し山してました
大谷山は知りませんでした。
鹿のコルと鬼ヶ城の間の小さいピークでしょうか?
40年程前は猿のコル辺りから丸山公園方面へ、ハンググライダーが飛んでました。
今、飛ぶと即逮捕?

尻割れ山の反射鏡までの直登急坂は尻が割れる程キツイからと教わってました。
月例山行で毎度泣かされました。

諸説あるのですね。
毛山が有名
尻割れ山 様
江戸末期にパークス公使が来たときの地図の目印が「毛山」だったそうです。私の生まれ育ったところが大超寺奥で尻割れ山の麓なんです。小学校の時、ここで山火事があり、3日ほど燃え続けました。凄い山火事だった記憶があります。ハングライダー、即逮捕は知りませんが、教え子(私は元教員)が墜落し、生死の境をさまよい、現在は元気になっています。コースとしては不向きだと聞いています。山は良いですね・・・秋には登るつもりです。
No title
 この日は、暑かったですね。和霊様までと思ったのですが、これはたまらんと思い途中でやめた帰宅しました。
 個人的には、牛鬼の背中に乗るというのは「どうなんだろう?」と思うところがあるのですが・・。時の流れなのでしょうかね~。
山車と思えば・・・
syoryuで~す。 様
神の使いか、悪魔払いか?居ろんんあしょせつある中、神のものの考え方があるんでしょう。子供牛鬼も載せていましたね。あまりの暑さで自分はお参りは浅野打ちに済ませていたので神社へは行きませんでした。駅前で共思いましたが、打吹たいこの追っかけで・・・
No title
 牛鬼や四つ太鼓は、南郡や伊方町三崎にもあります。牛鬼文化圏があるのだろうと思いますが、鹿踊りも含めて伊達の文化なのでしょうか?
伊達文化
tentijin 様
鹿踊りは秀宗入部から20年後くらいに出来たようです。確証は無いようですが、東北の鹿(しし)踊りが原型のようですね。牛鬼はそれよりもずーっと後、よつ太鼓の起源は不明です。この山車も神輿の前の露払い・・・

管理者にだけ表示を許可する