軍艦島にて 2 | 鬼城

軍艦島にて 2

2017.07.06.Thu.08:00
クルージング

数年前まで軍艦島(端島)は上陸禁止の島だった。
当時はクルージングで島の廻りを回っていたと聞いている。
この上陸ツアーの帰りには、島を一周し、東側、西側の撮影ポイントで停戦してくれる。
右舷、左舷も平等に船を回してくれるサービスぶりだ。

西側は居住地区、東側は管理地区で迎賓館もあったそうだ。
まさに格差社会・・・
写真は南側、第三広場よりのものである。
坑道の入り口、ベルトコンベアの跡、倉庫など・・・
一番上には水のタンクがある。
白い灯台は、数年前にプラスティック製に新調された。
軍艦島最盛期には、住居の電灯が灯り、灯台は必要がなかった。
昭和49年閉山後は灯台が必要不可欠となった。
当然、太陽光発電によるものである。
コンクリートの島、だから植物はない。
屋上で
野菜を育てていたという記録は残っている。
当然土は運んできた。
廃墟に雑草が生え、花を付けていた。

この島で撮影されたドラマが数本ある。
この夏公開される韓国の映画は、強制労働を描いたものだそうだ。
私はサスペンスが好きでよく見る。
浅見光彦シリーズ」棄霊島」は素晴らしかった。
一夜、ニ夜の前後編で3時間20分の大作!
よくもまあ、このような筋を考えたと・・・
このとき主人公は島の中を自由に歩いていた。
残念ながら、これを境に危険地区への立ち入り禁止となったそうだ。


端島7


端島8
端島1

端島2

端島3

端島4

端島5

端島6
コメント
No title
世界遺産とはいえ廃墟の進み具合が凄いですね。全て崩れ落ちたらどうなるのでしょうかね。
 石炭を掘っていた横穴や縦坑は、どうなっているのでしょうかね。入りたいとは思いませんが・・・。
 鯛生金山や石見銀山には入りましたが、あまり気持ちの良いのもではありませんでしたから・・・。
海底
笑隆で~す。 様
1,000m・・・息苦しくないか?ガス爆発はないのか?三交代制だと聞きました。坑道から出てくると「真っ黒}で大風呂は3層で最初は服を着たまま入る。そして次は服を洗い裸に・・・最後が身体を洗い出る。という流れ作業だったとか。水は貴重品で、国のためという合い言葉で働いていた。坑道は今どうなっているか?おそらく危険な状態なんでしょうね。
No title
サスペンス「棄霊島」はある意味、くまなく見ることの出来る記録映像にもなるかもですね。
 この屋上にある神社のお祭りの様子を以前NHKのテレビ放映で見た記憶があります。結構遅くまで住んでいる人も居たような?・・
 観光も益々制限されていくのでしょうね。
NHK特集
吉野の食いしんぼう 様
虐げられた労働環境で端島神宮の祭りでは、そのはけ口となったんでしょう。相当にはでな祭りのようでした。小さなコンクリートの島で、一つの社会形成が出来ていたのですから・・・凄い時代だと思います。念願の上陸が出来、良い思い出となりました。
観光資源としても貴重な場所
ついに軍艦島上陸ですね。
最近見た軍艦島の映像は以下のNHK特集だったと記憶しています。

http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/past/2015/150823.html

その他にも、ここは幾度か映画のロケ地として使われたと聞いています。
007シリーズ、スカイフォールは、別の場所に軍艦島のセットを組んで撮影したらしいです。
こういう荒涼とした風景って、なかなか無いですからね。
それだけに貴重な景観だと思います。

もっと観光資源として活用していい場所ですよね。
保存
ランスケ 様
この貴重な遺産の保存は、不可能に近いそうです。広島の原爆ドームより規模が大きいし、複雑とか?気分を悪くされる方も居ますが、強制労働は事実です。これも一つの歴史ですね。この場所に5,000人もの人間が住んでいたとは・・・貴重な経験をしました。
忘れる
いつの頃まで語り継がれるのでしょうか?おそらく一部の歴史研究者だけが知り時々語られるようになるのでしょうね。戦後生まれの人が戦争を知らないように。おっと!! 私は戦後生まれではなかった(笑)
戦中
うわつ 様
まさに(爆)忘れ去られていくのでしょう。如己堂、永井博士などの話も忘れ去られていますね。式典の時のみ、厳かに祈りを捧げ、繰り返さないように・・・反面、近くの国では実験が繰り返される。これから不透明な世界情勢が続くのでしょう。
日本の石炭と捕鯨
日本の石炭の開発は鯨とかかわりがあります。
もともと日本の石炭は世界の市場では採算のあう代物ではなかったのです。
薄層で、炭質も悪いのです。昔、九州築豊にボタ山がありましたが、あの山の3分の1の量が掘り出された石炭で、坑道は支えの鉄枠(カッペといいました)はコ切羽の進展とともに取払い地圧で穴はつぶれました。炭鉱は外部だけ見てもあまり参考に端なりません。採炭が採算にあうかどうかは、「輸送の可否」「交通便利なところにあるかどうか」で決まります。
そこで冒頭の「鯨と石炭」のヒントがこれです。お分かりいただけましたでしょうか?
三題噺
木下博民 様
鯨油ですね。石油と変わりないくらいの燃料だったそうですが、何しろ効率的に悪い。そして石炭・・・1/3ですか?これも苦労した割りに効果は薄いですね。そして現在の石油となる。中国、北朝鮮などは石炭をまだ掘っているとか?性質は良いのでしょうね。まあ、炭鉱からの動脈が大事だということがよく分かりました。
No title
 外観を眺めると、軍艦島とは、よく言ったものですね。日本の産業や歴史を感じるには絶好の場所です。資源の少ない日本にとっては、重要な場所だったんでしょうね。
歴史の重み
tentijin 様
石炭の質が良かった場所だそうです。この当時建設されていた、軍艦「土佐」に似ているから端島は「軍艦島」と呼ばれるようになったそうです。終戦間際、アメリカの潜水艦が間違って魚雷を発射したとか、真人しとやかな話が残っています。(笑い)

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