フェリー(行き帰り) | 鬼城

フェリー(行き帰り)

2017.06.30.Fri.12:00
フェリーの旅

最近、ぐっと減ってきたのがフェリーの旅です。
ゆっくり休んで運転も疲れない。
寝て行くことが出来る京阪神方面がなつかしい。

行きは佐田の岬から佐賀関へ・・・
九四国道フェリー「遙かぜ」でした。
三崎港入港です。
岬の灯台、いいですね。

帰りは別府、八幡浜宇和島運輸でした。
船は乗ってみたかった「あかつき」この名前がなつかしい。
同型船を建造中とか。
「ゆうなぎ」なら最高なんだが!
丁度、別府あるいは臼杵行きのフェリーとすれ違いました。

行き1

行き2

行き3

帰り1

帰り2
コメント
No title
 この航路は、修学旅行で何度も使った航路です。佐賀関までは、あ~っ!という間に着くので便利でした。
 以前は、別府・宇和島間があったのでとても便利でしたが廃止になりましたね。利用客が少なかったからでしょうね。
 数々の思い出でが頭に浮かんでくる航路です。
 最近は、新田原や築城基地航空祭に参加する時に使うことが多くなりました。
『あかつき丸」
昭和前期、別府ー樺崎就航も新型汽船に「」あかつき丸」と名付けられ宇和島人の入湯憧れも船でした。
わたしは博多から復員したときこの船で樺崎に着きました。実は後にも先にもそのときだけ2等船室にのりました。
昭和21年5月の話で、船名は『明るき丸」でしたが、その時の経営主体は関西汽船でした。もう宇和島にそんな船会社があることなど皆さんお忘れでしょう。あかつき丸自体が宇和島にきませんから。
No title
 最近、灯台の100周年か何かで、何度もテレビで紹介されている風の国、砲台跡もあります。三崎港から、何度も海外旅行(海の向こう)に出発しました。もし、四国に新幹線が導入されたら、昔から言われ続けている橋かトンネルが九州まで通じるかもしれませんね。
フェリー
九州ではないですが、大阪から壬生川にある東予港まで、利用します。奈良から大阪までは、護送車みたいですが、船でゆっくり出来るのでこれが一番かな?
今夏は、徳島から和歌山に着くフェリーを利用して田舎から奈良へと・・思ってます。

九州へのフェリーがたくさんあることにビックリです。
このフェリーは佐賀関と三崎をつなぐものですね。
わたしは一度だけ「芝義太郎」を書くために佐賀関へ行きました。勿論、精錬所や灯台の丹念ににました。このあたりを学ぶには「古事記」から丁寧にはじめないと駄目でしょう。『芝義太郎」の74ページ以降をお目とおしくださう。
高速網
syoryuで~す。 様
新田原、今年も行きますか?横断道を通るとき、陸自の車を多く見ました。日地町のものでしょうね。フェリー、便利ですね。宇和島は中途半端な位置・・・一緒に行った人が、宿毛-佐伯、宇和島ー別府の話をしていました。一年だけ宇和島ー宮崎があったんですよ。トンネルが出来れば、フェリーは廃止になるでしょう。さて、何時?
関西汽船
木下博民 様
知りませんでした。私が小学校の頃は、宇和島運輸でしたから・・・今でも建物は残っています。あかつき丸に乗って時が、小学校6年生、三等船室(船底)でした。それが宇和島を閉じて、八幡浜へ・・・ますます、寂しくなります。
日本列島改造論
tentijin 様
田中角栄大臣ですね。懐かしい・・・我々にとって地井を気づいてくれた人です。新幹線は鳴門海峡大橋で一端頓挫しています。膨大な国家プロジェクトになります。さて、何十年後か、見ることは出来ないでしょう。(笑い)
九州の玄関
結女 様
下関ですね。フェリーの活躍は陸続きから遠く離れた場所に行くことです。東予から大阪に行くフェリーは健在ですね、何度か使いました。さて徳島-和歌山も二度ほど使いましたが、徳島道が長い。休み休み走らないといけません。大坂-松山があれば最高なんですが・・・
佐賀関
木下博民 様
精錬所の煙突、ドックなど健在です。町の至る所に「関あじ・関鯖」の看板がありました。芝義太郎、読んでみます。
No title
船の旅はゆったりと出来楽しいですね。
 若い頃は夕方宇和島を出る便で別府に向かい、朝早く着き船内でしばらく休み、九重連山に登り、夕方帰宅。月曜日は普通に勤務していました。その航路は廃止されましたが、あったとしてももう体力も付いていけないですね。
 職場の懇親旅行で別府に向かっていたとき水産高校のあの惨事のニュースが流れ、トランプをしていたあの時の空気が急変したこと忘れられません。
いろんな思い
吉野の食いしんぼう 様
船の旅は、ゆったりしていて、いろんな思いが浮かびます。修学旅行、子どもの頃の旅行、出張等々・・・高速化時代になりましたが、ゆっくりと旅をしてみたいですね。ニュースは一生忘れないでしょう。

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