五十崎大凧合戦 出世凧・凧合戦 | 鬼城

五十崎大凧合戦 出世凧・凧合戦

2017.05.08.Mon.10:00
合戦プログラム

いつものことながら、行き当たりばったり・・・
人に聞いて情報を得る。
正午に100畳の大凧が揚がり、そのあと出世凧が揚がる。
生まれた子どもたちの名前が書かれている。
元々はこの子どもたちが元気に育つように始まったとされる。
そして発展、合戦への一大イベント!

そして13時、煙火が上がった。
それを合図にがんがりの付いた凧が乱舞した。
他のたこ糸を切り、残ったものが勝利者となる。

出世凧0
出世凧1

出世凧2

出世凧3

凧合戦1

凧合戦2

凧合戦3

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コメント
No title
風にのってよく飛んでいますね。出世凧に連なっている子どもさんの名前の個性豊かなこと。我々の時代のような単純な名前は殆ど見当たりません。親の愛情がこもったこの名の子どもさん達、健やかに育って欲しいですね。
きらきらネーム
吉野の食いしんぼう 様
誰が名付けたか「きらきらネーム」!今現職であれば、おおごとです。振りがなつけなければならない手間(笑い)この出世凧は今まで行ったときには、すぐ落ちていました。今回は全て大空高く舞い上がりました。出世すること間違いなしでしょう。楽しい歴史あるイベント、これからも続けていってほしいですね。
若干凧の話を・・・
凧は国字です。凡(風を孕む帆)と巾(布)の合成です。中国では風箏(ふうそう)です。風筝はもともと風鈴のことでしたが、たこを風になる筝(こと)だといったのです。唐代末期、紙が普及し「紙鳶」とか「風鳶とかいいました。
日本には唐代盛期に入ってきて、「紙鳶」をいまでも「たこ」と読ませる地域があります。
中国では風を切る音を楽しみ、もっぱら「風筝」です。いまは親子の遊びですが最初は軍事目的に使われたという説もあります。戦国時代、墨子が木製の鳶を飛ばせたとか、楚漢の最後の戦い、垓下の戦いでは漢の武将韓信だ張良を大凧に乗せて楚歌を歌わせたとかいろいろにいいます。
中国映画「蒼い凧」は名作ですが、文革批判映画で中国では上映禁止になりました。
中国では、立春から清明節までの90日間、父と子の楽しみです。
ところで関西では「烏賊幟」といいますが、後存知ですか?
五十崎よりの盛大なのは浜松です。ここの男子が生れると大変なもの入りですね。
全国区
木下博民 様
博学、恐れ入ります。寛治の不思議!浜松は日本一でしょう。お話によると中国が発祥?でしょうか?話は違いますが、地方では凧揚げが無くなりました。学校などには四国電力からおっ達しが・・・和凧などは全然、上がっていると思ったらゲイラカイトです。
子供のころは良く上げていました。奴凧に角凧、義経の絵が描いてありました。神田川で上げるのが妙典寺前の定位置上げるのは正月前後だから北西の風が吹いて強風で切れることもありました。そしたら友達と探しに行きます。興国寺の山に飛んでいた時もありました。凧糸を何本も繋いで点になってみえなくなるほど上げていました。そうそう、金持ちの所は達磨凧と言うのを上げていましたね。羨ましかったデス(笑)
うわつ 様
しっぽ付けてあげていましたね。大超寺奥の畑からでしたから.大谷山方面でした。意図に伝わる風の重み、感じますね。たこ糸を買いに行きました。玉六でしたか・・・だるま凧の記憶はありません。成人して、連凧に興味を持ち、いつか揚げてやろうと思って居ましたが、いまだ実現せず。青雲堂の線香のCMに出ていました。縁起でも無い(爆)
凧のしっぽ
昔々のことのように思い出されます。
父がたこ糸を巻くものを作ってくれたことと、たこ揚げする前に、障子紙を細長く切りしっぽを調整して補助してくれたこと・・・
二回ほどありました。
天に向かってのお願い事、我先にと願うんですね。またうれしたのしですね!!
No title
 偶然の出会いにビックリでした。出世凧も全て揚がり、今年の子どもたちの将来は明るいかもしれませんね。努力次第ではですが・・・。
 しかし、かなりの集客があり、落とすお金も大きいでしょうね。天気が良かったのでアイスクリームやジュース類が飛ぶように売れていましたからね。
 これだけのイベントを支えるだけのパワーが、まだあるということですよね。伝統の力とは、強いもんですね。
何もかも禁止!
結女 様
のびのび育てると良いながら子どもの遊びをほとんど禁止している。冬の遊び「馬跳び」危険だから・・・釘を打ち込む(ねんがり)、これも禁止。凧揚げも伝染に引っかかるからだめ!鯉のぼりが上がっているところは田舎しか無くなりました。願いを叶えてくれるよう、何とかせんと!
気がつかない!
笑隆で~す。 様
来場者の数、今年は4満員だったそうです。牛鬼祭り、少なくなって6万人ですよ。3日間に分けて考えるから最終日か?なんとまあ、マンネリ化ですね。発想の芽を摘んでしまう。頑張らんと・・・
No title
 見たことはありませんが、映像で見る限り、勇壮で規模の大きなイベントですね。様々な願いも込めてきた歴史もあるのでしょうね。妙典寺前に住んでいた頃、たこ揚げに夢中で、友達と競って、山に登って点になるほど高く上げていました。
河原
tentijin 様
河原が広く、凹凸も無いので凧揚げには最適です。だから続いているし、保全しているのでしょうね。木下先生がコメントしているように、日本一は浜松のようです。追いつき追い越せの精神は素晴らしい。出世凧に夢載せて、大空に羽ばたいてほしいですね。

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