筏流し | 鬼城

筏流し

2017.04.24.Mon.09:00
川登川まつり・筏流し

明治から戦後まもなくまで、小田深山などの木材を肱川河口の長浜まで運んだ。
その「筏流し」が23日、内子町大瀬東の川登地区で再現された。
12棚を組み連ねた筏は長さ約30メートル。
巧みなさおさばきによって、生き物のように小田川を蛇行した。
 筏を操作する技術を持った筏師は、かつて地元の花形職業だったという。
 先頭の「花棚」のさおが右に入れば、2列目の棚のさおはバランスを取るため左に入れる。
熟練の連携で約1キロを下る。

筏流し1

イベント広場

当然のことながら駐車場は満車!
みな国道、県道に数珠つなぎの如く路上駐車・・・
待つこと1時間、やっと竿が出た。
ここから上流に登ってから下るそうなのだが、今年の水量は多く、上流は取りやめとなった。

筏流し2

小田川

非常に綺麗な水で驚いた。
波しぶきの中の竿捌き!
かけ声も・・・

筏流し3



自然と川の蛇行で岸に近づく。
ここでの竿捌きは力が要る。
力みなぎる船頭達!

筏流し4

橋の上

イベント広場を後にして橋の上で待ち構えた。
筏の速さは想像以上だった。
瀬を過ぎ、よどみを超えると橋の下をくぐり抜けた。

筏流し5

カメラマン

至る所に・・・私もその一人!
川に降りて、船頭さんの顔のアップを狙っている人・・・
次の橋で川の蛇行をきちんと入れ待ち構える人それぞれだ。
もう一つ、レンズのオンパレード200mmでは物足りなかった。
何時も後悔(T-T)

筏流し6
コメント
筏流し風物詩
この齢になると筏流し一つにしてもいろいろなところをみてきましたが、身近だった肱川はなぜか印象ありませんでした。
大きな筏といえば、揚子江沿岸武昌の兵站で一ヶ月ばかり過ごした1045年6月を忘れません。筏と言っても巨大で、家族が乗って揚子江をくだってゆくのです。日に何度も眼にしました。
大洲の筏は観光ようですね。筏の上で生活をしている感覚はありませんね。


No title
 始まった頃は、川底が深かったので結構勇壮で良かった記憶があります。
 また、水量も多かったように思います。
 今では、筏を操り方々の技量も落ちているようで、少しの水の量で中止してしまう感じです。
 来年は、再度行ってみることにしたいです。
筏流し・・・
木下博民 様
揚子江とは川の大きさが違います。筏流しは現在は歴史の復活で観光でもありますが、昔から小田深山の木材を河口まで運ぶ、竜中手段だったそうです。筏を操る後継者不足で運営も大変なようです。生活に密着した筏流しは愛媛県でここだけでは無いでしょうか?
後継者不足
笑隆で~す。様
どこも歴史あるものの継続には後継者不足が上げられます。内子町、特に小田地区の方々の努力には敬意を表したいと思います。まあ、300~800mmのレンズが・・・恥ずかしくなるような200mmでした。船頭さんの顔のアップがほしかった。(T-T)
No title
私にはタイムスリップしたような風景です。今もこの様な技を持って披露できる方々があるのですね。素晴らしいと思います。
 林業で栄えた地域では昔は見慣れた風景だったのでしょうか。
No title
 さすがの情報通ですね。イカダの木材が小さいので、観光用なのかなと感じました。私としては見たこともないイベントなので、見てみたい気がします。抜きつ抜かれつ、撮影は大変だったことでしょうね。
広見川?
吉野の食いしんぼう 様
川船はあっても筏は聞きませんね。小田川は小田深山からですから急流なんですね。地域の知恵の結集なんでしょう。歴史が有り、それを存続させる力、並大抵では無いと思います。白陵ありましたよ。良い写真は「うわつ」さんのブログで・・・(笑い)
カメラの品評会(笑い)
tentijin 様
大型レンズで、三脚を立て狙っている姿は半端ではない。自分は天下無敵のど素人!(爆)いいイベントですね。地域に根付いています。のんべんだらりとイベントを踏襲するより、発展的に人を呼ばないと・・・一度行ってみてください。嫁さん、初めてだったんですが感動していました。

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