龍澤寺の桜 | 鬼城

龍澤寺の桜

2017.04.11.Tue.09:00
龍澤寺の桜

小越の撮影で「うわつ」さんと話していたら、龍澤寺の桜が見頃とのこと。
雨模様だったが、沿線なので足を伸ばすことにした。
早速、売店のところで桜のお迎え・・・


龍澤寺1
公園

ここは城川町魚成(うおなし)というところで、昔から遠足などで来ることがあった場所。
川沿いに桜が植えられている。
勿論、公園内にも・・・

龍澤寺2

龍澤寺の開山などいわれ


1323年に創基、当時は龍天寺として名乗り、現在の北宇和郡鬼北町にあった。
1433年に薩摩藩主島津元久の長男で、巡航した仲翁守邦禅師が中興し、現在の龍澤寺と改名。
寺の鬼瓦に島津家の家紋「丸に十」が刻まれている。
桃山時代の建築様式の七堂伽藍を建っておるり、3700坪の広大な敷地を持つ。
座禅で修行したり、法話を聞いたり、精進料理が頂けることができる。
毎年4月にはお釈迦様の誕生日を祝う花祭りが行われている。
ウィキペディアより

龍澤寺3

仁王門

左右の仁王様は、姿は小さいが歴史の重みがある。
美事な彫りである。

龍澤寺4

本堂

ご本尊は「釈迦牟尼如来」である。
新四国曼荼羅霊場51番札所・・・


龍澤寺5


山門

お参りを済ませ、急な石段を下る。
美事な山門である。


龍澤寺6

山門より円月橋までの参道

杉木立の中、幽玄な雰囲気である。

龍澤寺7

桜と椿の競演

予報通り、雨が落ちてきた。
桜を撮るのが目的だが、あきらめ帰途についた。

龍澤寺8
コメント
No title
 龍澤寺の公園の方には行ったことがあるのですが、お寺の方にはまだ行ったことがありません。
 先生から島津藩との関係があり、津島藩の家紋が使われていると教えてもらって以来、一度は参拝に行かなければと思っている所です。
いいところです・・・
笑隆で~す。様
室町時代、当時、鹿児島からこんな山奥まで来て住職とは大変だったと思います。しかし、誇り高い家柄で、至る所に丸に十の字の家紋が・・・大きな屋根瓦にも・・・鹿児島尚古集成館の松尾副館長(現館長)さんは何度か足を運ばれているようです。今でも薩摩との交流はあるようです。 
よく山奥までゆかれましたね。
龍澤寺にはわたしは一度訪ねたことがありました。
広川弘禅と縁の寺であったことはあまりご存知ないでしょう。
東京の櫻は満開。、
広川弘禅
木下博民 様
曹洞宗のお坊さんの家に生まれ、政治家(農林省)ということは知っていましたが、この寺と関係があるとは・・・曹洞宗なので修行に来たとか?本山は永平寺ですよね。亡くなりましたが、私の友人(鬼北町の寺)も永平寺で修行をしたと聞きました。鬼北地区は曹洞宗は多いですね。泰平寺もそうだったか?
No title
龍澤寺と言えば「精進料理」を食べさせてもらえるお寺としか知りませんでしたが、こんなに立派なお寺なのですね。食い気抜きで訪ねてみたいと思います。島津藩の家紋にも注目です。
精進料理
吉野の食いしんぼう 様
隠れファンが多いとか聞いています。伊達家菩提寺の金剛山の毎歳忌(3月)には京都の精進料理を取り寄せ食事会がもたれます。会費は1万円でした。鎮信流のお家元、松浦平戸藩の御当主が来られたときでした。一度だけ参加しましたが、あとは檀家で亡いのでお断りしました。龍澤寺の料理は、花祭りなど行事の折に出されるとか。
世田谷辺りの住宅街は何処も櫻が満開
これほど沢山櫻があったのかと驚くほどです。櫻は一斉に咲くので目立つのでしょうね。
これに続いて花見月の並木、さつきも鮮やかです。やっと春を越えることができました。
おめでとうございます
木下博民 様
桜は見ることが出来ないだろうと意っておられましたが、無事に満開の桜を見たようですね。まだまだ、がんばってください。季節は移ります。いわれるように「ハナミズキ」「皐月」・・・宇和島地方の季節をお届けします。
No title
 何度か訪ねたことがありますが、あまり通らない道筋の場所なので、地元の人以外は、目指す方だけが訪れるという印象があります。近くに芝スキー場があった気がします。
公園
tentijin 様
由緒のある寺のようです。本山は永平寺で、鬼北の小倉の亡くなったI校長先生もここで修行したとか。学級PTA等で利用していたようです。公園は広いし、整備されています。

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