伊達桜異聞 | 鬼城

伊達桜異聞

2017.04.08.Sat.12:00
伊達桜

仕事を辞めるにあたって、最後のFMガイヤの解説に選んだ。
おそらく4月半ばまで放送されているだろう。
この桜、言い伝えはあっても、宇和島の人はあまり知らない。
秀宗が入部して、大本神社に先代から取り寄せ、奉納したものとされている。
種類は「江戸彼岸桜」
拝殿の両サイドに植えられている。
これは左横のものである。

伊達桜1
樹齢100年

おかしくないか?
秀宗が入部して400年経っている!

訳は、神社が大事にして、苗木を作り植えていたもの・・・
それだけ大事に扱ってきたのだ。
明治に植えられた伊達桜も弱ってきた。
保存会の方たちが、新芽を山桜に接ぎ木し、苗を16本植樹した。
2年前の秀宗入部400年祭の時である。

伊達桜2

特徴

江戸彼岸であるが、萼(がく)のところが膨らんでいる。
江戸彼岸桜は、山桜と彼岸桜の自然交配種である。
樹齢は100年ほどとか?
樹木医の方、保存会の方、氏子総代の方にお話を聞いた。
仙台の桜とDNA鑑定をしたいとのこと。
面白い試みだ。

伊達桜3

特徴その2

新芽をよく見ると剣先みたいに尖っている。
これも伊達桜の特徴とか。
この神社には江戸彼岸桜の群生が見られる。

伊達桜4

拝殿右手の伊達桜

解説文を載せよう。
天然記念物櫻の由来

一、名称 うばひがん・いとざくら(二種の群生)
一、位置 大本神社境内
一、指定 昭和二十四年九月十七日
一、由来
     當神社の口碑によれば初代宇和島藩主 伊達秀宗公の    献納と傅えられ本殿左右の二株伊達櫻と称している
    古くは品種を楊貴妃と称し開花は彼岸後半である。淡紅の一重    房咲で同時に淡緑の葉を出しその姿態品位高く華麗にして花
    の雲を仰ぐが如く楊貴妃の名にふさわしい。
 藩政時代宇和島    吉田両藩主、毎年観櫻の行事あり。献歌献句等が多い。   
 昭和二十四年品種の珍奇によって愛媛県天然記念物に指定し幼苗より老木まで群生する状態を保護するものである
                                                           
 愛媛県

伊達桜5

枝垂れ桜 糸桜

この枝垂れも群生が見られる。

解説文を掲載する。

県指定天然記念物(昭和24年9月17日指定)
いとざくら及びうばひがん
 神社の境内にあるエドヒガンは、4月5日の清明の頃に満開と
なり、多くの参拝者を楽しませています。この花は淡紅色で、
がく筒の下部がふくれ、上部はくびれて有毛であり、葉は幅が
狭く楕円形、側脈が10本から14本で葉先が長くとがっています。
この桜は、「花は大木 南国一よ 殿のお手植え 伊達桜」と歌われ、
伊達のお殿様が先代から移し植えたものと言われています。
この桜の他にイトザクラ(シダレザクラ、シダレヒガン)が見られ、エドヒガンと比べると花は白色が強く枝が垂れるのが
特徴です。
                平成18年1月 鬼北町教育委員会  

伊達桜6
コメント
No title
昔はもっと多くの桜があったのではないかと思います。私の母も、遠足でこの神社まで来たと言っていますので、今から70年ほど前になります。きっと素晴らしい「伊達桜」が咲いていたのでしょうね。丁度、県の指定を受けたころではないかと思います。
桜も氏子の人たちによって絶やすことないように管理されていて驚きです。これからも、次の世代に神楽同様伝承していただきたいですね。
遠足
izumigamori 様
自分たちの時代は予土線でした。izumigamoriさんのお母さんの頃は宇和島鉄道?梅林口駅があった頃でしょうね。聞いた話では、昔は芝生が綺麗で敷物など要らなかったそうです。桜の下ででは無く、桜の中でお花見だったとか。やはり生き物は管理しないと育ちません。苦労をだでがするのかを考えねば・・・行政と地域が一体化する必要があります。 
No title
私も近永小学校や北宇和中の遠足で何度か行き、桜を楽しみました。この様な桜の歴史はつゆ知らずでしたが。
 今の宮司さんのお祖父様が「ハレー彗星を見られた年代の方」と大本神社の歴史?を小学校時代聞いた記憶が。
 保存会の方や地域に愛され、素敵な笑顔の宮司様、ずっと栄えていく神社ですね。
笑顔が似合う・・・
吉野の食いしんぼう 様
さすが小学生を指導しただけのことはある。と失礼なことを・・・笑顔がこぼれるという言葉通りの表情です。鎮守を守っていく責任感もにじんでいます。存続するための努力、意欲と地域住民の団結力を感じました。その結果が「伊達桜」なんでは・・・
No title
 伊達桜の保存には、鬼北町教委元教育課長の善家さんが深く関わっておられました。神社総代もされていたと思うのですが・・・。若い時は、青年団活動に真剣に取り組んでこられた方でした。
 彼は、昨年若くして亡くなられ新しくなった大本神社や伊達桜を見ることはできません。宮司にお話を聞くと、彼の自宅のそばに今はなき神社があったそうです。その神社跡に伊達桜を植え善家さんがいつでも見られるようにしたということだそうです。粋な計らいに感動しました。
素晴らしい!
笑隆で~す。様
伊達桜にまつわるいい話です。こんな話を綴っていくことが出来れば良いなあと思って居ます。各能力さえ在れば之話です。現在、2本が善家さん宅、そして12本が御旅所、2本が公園内だそうです。今から100年後が楽しみです。どんな人たちが見ているんだろう?
No title
 伊達桜のDNA仙台のものとの比較、興味津々ですね。しだれ桜は、先代の宮司さんが句集に詠まれていたようでした。やはり、歴史あるものなのでしょうね。
鑑定してほしい・・・
tentijin 様
句会ライブ・・・秀宗の頃、あるいは分家した後も合同で花見をしたと記録にあるようです。名前も「観桜の宴」。桜一本でもドラマですね。
苗を
そのような桜なら苗の育成が必要ですね。高校の農業科や大学に頼むのが一番早いし確実ですね。橋渡しを誰がするか?お金がかからないように!(笑)
出来ること
うわつ 様
最低のお金は必要だと思います。この場合、樹木医の方が協力されているとか聞きました。宇和島の丸山の梅や桜、三浦街道の杏など樹木医の診断、手当など安い予算なのですが・・・大学は無理でも高校は実習で出来ますよね。さて、宇和島がどれだけ協力できるのかが課題でしょう。

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