清明祭 鬼北町大本神社 | 鬼城

清明祭 鬼北町大本神社

2017.04.07.Fri.15:30
清明

清明(せいめい)は、二十四節気の第5番目。
万物がすがすがしく明るく美しいころ。
今年は4日とのこと。
そこで大本神社の宮司さんに電話を入れ確認する。
地域の人や県内外の人から問い合わせが多いので、大本神社では5日ときめているとのこと。

清明祭1
大本神社

ここは桜の季節、花見の場所で有名である。
子どもの頃、予土線で花見に行ったこともある。
仕事で6年間、お世話になった鬼北町、我がホームグランドでもある。
祭りの幟には「縦三引両紋」が・・・
宇和島・吉田両藩の家紋である。

清明祭2

宮司さん

笑顔が素敵な、まさに守り神・・・
電話で今年は落成式もあるので人では多いだろうと言われていた。
餅まきもあるので是非にお出でくださいとのこと。
氏子の方と談笑されている大野宮司さん。

清明祭3

厩(うまや)

神社は「神馬」を飼っていた。
今も飼っているところはある。
そのための厩が必要である。
再建された厩と右は神輿蔵である。

清明祭4

日吉神社

この神社も拝殿の右横に再建された。
見事な造りである。
氏子の方々のご奉仕で建ったとか。
氏子総代の方が喜んで話されていた。

清明祭5

拝殿

歴史ある古い神社だということがよくわかる。
この拝殿内でお神楽が舞われた。
拝殿の左右には「伊達桜」が・・・
この桜については次回。

清明祭6
コメント
No title
昨日の神楽のビデオは初めて見せていただきました。代々続いていることに感動します。地区皆さんが盛り立てているのでしょうね。
この時期は、異動が多いので、中々日を合わせる事が出来ません。来年こそは是非見てみたいと思います。
今年は、桜が見事に咲いていてさぞかし賑やかだったことでしょう。桜の写真は次回ですね。楽しみにしています。
大本神社
昨日覗きました。
Mさんから聞いていたのだが、
雨が降っていて撮影のクルーが寄ってきたので早々に退散しました。
結構有名
izumigamori 様
400年祭の折、愛媛新聞が特集しました。「伊達桜」。そして伊予神楽ですね。伊予神楽は知らなかったけれど、南予地方が発祥とか?ここらを調べると面白いかも・・・O学芸員が調べているかな?
同じ日
うわつ 様
Mさんの後だったんですね。自分は「うわつ」さんのアドバイスで、龍澤寺へ・・・桜の季節、判事馬手でしたが素晴らしかった。薩摩との繋がりも改めて、歴史を感じました。感謝です・・・雨になったので引き返しました。鬼北町内ですれ違ったかもしれません。
大本神社創建由来を教えてください
「岡本家の矜恃」を書くために、戦国期以前の鬼北もしらべるためにあれこれ資料も読み、現地へ訪ねもしましたが、大本神社ははじめから現在の位置にあったわけではなく、非常に古い神社であるように思われましたが、祭神も併せて、創建由来を教えていただけませんか?
No title
 最近、人混みに入っていくのが苦手になり、一日遅れの撮影になりました。
 雨が降り出す前だったので何とか濡れずに済みました。某国営放送局が取材にきていましたが、丁重な対応で好感が持てました。
 取材用カメラは、canonEOS1DXmarkⅡでした。南海放送のI氏もカメラで映画を撮影していましたが、今はこんな流れなのですね。
 先輩のお姿も確認したのですが、直ぐに移動されたのでお声をかけることができませんでした。
大本神社由来
木下博民 様
大本神社に関しては神社に関して調べている方も多く居るようです。神社庁も調べてみましたが、詳しくはありません。ブログにアップされているものを紹介します・
祭神は「国常立命(くにとこたちのみこと)」「伊弉甪命(いざなみのみこと)」「軻遇突智命(がくつちのみこと)」です。
神社は移っていないとのことです。
http://blog.livedoor.jp/mima_hinokai-kyoudo/archives/5372709.html
だんだん・・・(笑い)
笑隆で~す。様
人混みが苦手なのは、師匠に似てきましたね。コメントで取材があったので引き上げとありました。(笑い)清明祭、思ったより人出は少なかったようです。松山からも来られていました。カメラマンの大久保氏も・・・今治造船の進水式の写真で国土交通大臣賞を受賞された方ですね。たんがお邪魔します。来週でしょうか?せっかく貼り付けようと録画したのに残念でした。
No title
 実はお祝いのお餅はしっかり頂いたものの、この新築された建物の事は理解しておらず、ちょっと後ろめたいと感じる小心者?です。良く解りました。e-466
 宮司さんと一緒につとめた友人に「久しぶりにO先生にお会いしました。変わらぬ良い笑顔でした。」と私もメールしました。
地元
吉野の食いしんぼう 様
地元の子どもたちの姿が無かったのが、少し寂しい気がしました。神様ですから指導ができなんですよね。家庭教育で教えるのがベストなんですが・・・正式には「神馬舎」というそうです。金比羅山は実際に神馬が2頭いますよね。
これは「古事記」に現われる神さまですね。
この3神がいつ誰によってここに祀られたのか? おそらく仏教渡来以前のような気もします。大本の神々を崇めた先住族がいたはずです。八幡神社や三島神社のように何処かから勧請したというのでもないようで、それが知りたいのです。
神社記
木下博民 様
在るかどうか分かりませんが、神社記があれば分かるかもしれません。お神楽など県の登録がされていますから歴博に由来など在るかもしれません。大本学芸員が調べているかもしれません。訪れる機会があれば宮司さんと話してみます。古い神社だとは聞いています。
No title
 神社の歴史的なことは、全く分かりませんが、今のトンネルが出来る前は、神社の上辺りが、深田越えといわれる山道で、峠から神社を見下ろしたことがあります。何だか遠い遠い昔のことのように思えます。
景色
tentijin 様
道が出来ると明らかに景色は変わりますね。しかし歴史は変わらない。俯瞰してみると歴史の深さを感じることがあります。新しい道、tentijinさんに溶解して頂き、走りましたが、便利です。山道、秀宗入部の頃は道無き道だったでしょうね。

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