原点 | 鬼城

原点

2016.12.13.Tue.08:00
訃報

今朝の愛媛新聞の訃報欄に「犬伏武彦先生」が・・・
元東雲短大特任教授。
この方との接触はないが、建築物・歴史研究家として尊敬している方である。
西予市のお庄屋土居家の修復、松山市庚申庵の修復などを行った。
現在は道後温泉本館保存修復計画検討委員会会長の職にある。
著書は「南海僻隅の痴蛙なれど」ほか。

宇和島市内に浦和薬局という店があった。
この家のお嬢さんが東京に出られていて、今年まで東京卓球連盟の事務局におられた。
盛三郎のご子孫である。
この方と知己があり、40年ほど前から盛三郎のことは知っていた。
今の仕事(門外漢)をするようになったとき、直ちに現愛南町、内海村網代を訪れた。
犬伏先生が、松山工業高校の学生たちと宿泊研究された加工場・・・
そこから、山手の小高いところにあるご夫婦の墓をお参りし、聞き取りなど行い帰路についた。
盛三郎の戒名「大運院殿功誉宝海盛徳居士」。

先生は伊達事務所、伊達博物館の学芸員と親交があった。
「藍山公記」を読み、研究に深みを増したそうだ。

できあがった本がこれ!

歴史的事実をつないで、盛三郎の一代を描いている。
世の中、史実しか認めない、重箱の隅をつついているような歴史家もいるが、話にならない。
もとNHKのアナウンサー、松平定知氏が歴史嫌いにする要因にあげられている。
そして研究成果を発表しなければ何もならない。
もっともっと研究され、成果を発表してほしかった。

表紙
コメント
No title
 私は、全く存じ上げない方です。鬼城さんの知識の広さ・深さにビックリです。
 松平定知さんの「歴史嫌いにする」お話しは、面白かったですね。この話を聞いた時、真逆を歩いておられるのが鬼城様だと思いました。語りでどれだけ多くの方を「歴史好き」にしてきたことか・・。
お会いしたかった・・・
笑隆で~す。 様
建築学科というのは私の教科と関係があり、非常に興味関心がわきました。愛南町ももっと広報したらいいのにと思います。また、当時「まぐろ」「かつお」が内海村で捕れていたのも不思議です。金輪(かなわ)網の開発も犬伏先生の小説で知りました。幅広いのではなく、野次馬根性ですね。(爆)盛三郎のご子孫の方とは卓球関係で今でも交流しています。
No title
 私も全く知らない世界のお話でした。
人のつながりが思わぬところにあったりして不思議さも感じます。
 子供の頃、歴史のお話読むの好きでしたが、ある日、雑誌を見たら、私の大好きな若き頃のジュディ・オングちゃんが「私は歴史が嫌いです。過去は振り返えりたくないから」と書いていて憧れ感情から、ピタッとやめた事があります。低次元の話、失礼しました。
 まだまだ私の知らない偉人が愛媛にも存在するのですね。
 
歴史
吉野の食いしんぼう 様
ブログも歴史だと思っています。記録と一定かもしれない。人のこと、自分の古都を含め書き込んでいく。この繰り返し時間の流れが歴史ですね。過去からずーっと続いている。特別の人で無くても良いと思います。そう考えると面白い。
明治ならず昭和前期も身分制は厳然とありました。
昭和15年、宇中と宇商を卒業した20人を拾って、遺書のつもりで「大任会挽歌」を書きましたが、宇中の10人の殆どが進学し、夭折もせず、戦死もせず、晩年には受勲した人多々。宇商の10人は、4人夭折(結核や超過労)、戦死2人、あとは無位無官の老死3人、末期癌の私が1人です。宇中は独りだけすぐ就職し、住友関係会社の顧問を最後に無位無官で死にました。
学力に差があった訳ではありません。宇商の連中は進学しなかった、できなかっただけで、社会へ出たときの「箔」がなかっただけです。しかし、社会貢献度についてはなんともいえません。若くして過労死した親友を見舞ったときの悶絶した姿は、わたしの人生を変えました。彼は神でした。
人生
木下博民 様
犬伏先生のすばらしい人生、教師としても子供たちに慕われ、それを取り巻く人々との交流、思い出として残るでしょう。先生が言われるように、人間が生きるということに差はないと思います。ただ違うのは、生き様、残したことではないかと思います。最近、特に自分は何をしたか?反省しきりです。
No title
 ある友人が、飲みの席で、「人生は、大いなる暇つぶしなり」という今東光和尚の言葉を紹介してくれた瞬間に、私は、心がふわっと軽くなりました。何事か成し得た方もおられるし、私のように何事もなし得たわけではないという実感を持つ人間もいますが、どちらも究極、暇つぶしなのかと思うと、救われた気になったのだと思います。
大いなる教え
tentijin 様
暇つぶしと仕事と同意に捉えれば、気分は楽になります。tentijinさんも仕事で、あるいは趣味でがんばっておられます。何によらず評価は他の人です。自己評価は今和尚のごとくありたいですね。そうすれば楽しい人生を送ることができます。
暇とは生と死の間に神が与えた各人平等の時空間で、無色無臭無触の空間で、巨大な筆で一気に一筆描こうが、細筆で与えられた時空のうちで自分の名前を描きつづけようが全く自由。
そんな先人から何かを盗みとって自己の薬剤に使う、これまた自由。とみかく、暇つぶしとは、先人から何かを受取って次代に伝えるだけのこと。
はじめに「生と死」といいましたが、茲での生死は因子が結合し生体となり、再び分列して元の因子に戻ることを言いました。誤解なきよう。
先人
木下博民 様
次の世代へ・・・よくわかります。自由であるけれど何を伝えるのかが課題です。
No title
存じ上げない方で申し訳ありません。偉大な足跡を残された方だということは感じました。合掌
うわつ 様
愛南町でも顕彰となると、あまり知らないという人が多いですね。鐘輪網の開発者でもあります。広げて鎮めると網の回りに付いている金輪がしぼみ、巾着のようになって魚を捕る網だそうです。根こそぎですね・・・当時は魚神山の前で「まぐろ」「かつお」が撮れていたそうです。

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