龍華山の紅葉 | 鬼城

龍華山の紅葉

2016.12.05.Mon.11:00
秀宗公墓所の紅葉

野暮用が多々あり、遠出が出来ない。
秀宗公の墓所の紅葉がとふと思い、外出のついでに立ち寄った。
色つきはやっと・・・葉は巻いてしろっぽくなっている。
静かな佇まい。

紅葉1
清掃

広い墓所は綺麗に清掃されている。
もう何年になるか、有志の方々のボランティア清掃活動がなされている。
現在は金剛山の清掃を含め、200人ほどと聞いている。

紅葉2

400年前

この灯籠は、宇和島の推移をここから見つめているんだろう。
どのように舵を切るか、時の施政者はどう見る?

紅葉3

宇和島の景色

伊達家の墓所に限らず、どの方面からでも鬼ヶ城が見える。
墓所からは宇和島城が・・・
木下先生と同じく、呼び名は「鶴島城」の方が私にも快い。

紅葉4

東の墓所

ここの牡丹桜は綺麗だ。
紅葉の季節には行ったことが無い。
今年の象徴のように斑・・・しかし、綺麗だ。

紅葉5

東墓所への入り口

ここにも歴代公の墓が・・・
中でも宗城公の墓は立派である。

紅葉6
コメント
No title
よくお邪魔する友人宅から徒歩3分の所ですが、なぜか紅葉の季節に訪ねた事がありません。桜の季節は何度もあるのですが。墓所と桜も良いけど、紅葉も似合っていますね。
 それぞれ微妙に違う紅葉、燃える様な紅葉は望めなくとも、趣を感じます。鶴島城の呼び方インプットしました。
城の呼び名
吉野の食いしんぼう 様
外観の形を捉え,別名があるようですね。姫路城は白鷺城、熊本城は銀杏城、国宝になった松江城は千鳥城・・・こうしてみると調べてみるのも面白いかもしれません。何処の大名家も立派な墓所があり、観光になっているところもありますね。萩の毛利家の石灯籠などは見応えがありますね。まだまだ知らないこと、知らない場所があります。
No title
 昨年も撮影に行きました。ここは、モミジの中に杉が1本あるのが邪魔で撮影にイライラします。元々あった気なのでしょうかね。
 現像する時に、実際に見た赤に近づけるために、赤色を少しいじるともっと目立ちますよ。
現像していません・・・
笑隆で~す。 様
RAWファイルをいじるところまで行っていません。杉の木は邪魔ですね。しかし、植えた物だろうと思います。景色を考えて植える訳では無いと思います。ここの木々も何百年か経っているんでしょう。もっよ整備すれば良いのですが・・・
No title
 灯籠と落ち葉の写真が良いですね。鬼城様の解説で、歴史の重みも感じられる気がしました。鶴島という呼び名には、昔、鶴が渡ってきていた時期があったのかなとも、勝手な想像をしてしまいました。なかなかいい呼び名ですね鶴島城。
五代村候
tentijin 様
この時代に城に鶴が来ていて羽を休めたという説、鶴が羽を広げたような城のデザイン説とあります。戦後、しばらくの間、御殿の庭で鶴を飼っていたそうです。その最後の鶴の剥製が、4,5年前まで天赦園の入り口に飾ってありました。鶴の越冬のルートから宇和島は離れたのでしょう。
鶴島町の命名や由来ご存知ですか?
私は何度も書いた記憶があります。山口県から宇和島に居ついた福井春水や堀部彦次郎の土地開発会社はいまの鶴島町周辺を開拓して売り出したときに、命名しました。それまで宇和島には枡形町辺りに小字で「鶴島」というのがあるそうです。いまもあるかな。
お城の雅称「鶴島城」は松浦武四郎の四国遍路記にもそう書かれていますから、江戸末期には誰もがそう呼んだのでしょう。
それにしても、南予の戦国以前の歴史については皆さん興味がないようですね。また、明治以降の宇和島史研究される方がこれまた少ないですね。
資料
木下博民 様
伊達家以前に関しての資料が少ない。明治以降は研究者に興味がないことに尽きると思います。いつになるかわかりませんが、八幡神社の記録をひもとけば、ある程度はわかるかもしれません。蔵を見せていただいたとき、歴博が整理したそうですが、内容は・・・研究したかどうか不明とか。なにしろ相手がいることですから、これからの課題の一つですね。明治以降に関してはご子孫の方の調査もいりますので、なかなか手を出しにくいですね。博物館は展示で手一杯です。
鶴のいる風景
鶴の話題になっているようなので、ちょっと感想を。

四国で鶴の越冬地というと昔は宿毛くらいでした。
でも近年は、どんどん増えています。
西条に土居町に卯之町に松前まで。
鶴にとって過ごし易い環境になって来たのでしょうね。

以前、鬼城さんのブログに掲載されていた宇和島の古地図を見ていると、
河口に広がる扇状地だったこと、お城の周辺には干潟も広がり、田圃もありましたよね。
さらに江戸時代に生物に有害な農薬もありません。
きっと鶴の越冬地としては理想的な環境だったと思われます。

想いを馳せると美しい風景だったでしょうね。
もみじ
もみじは赤だけでなく黄色や紅葉しないで緑のままのもみじもある。異常気象なのだろうがいろいろ楽しめるのでそれも良いことなのかもしれないと思うことにした。なぜなら自然現象は人の手で変えることが出来ないことだろうから、紅葉していても昨年と色が違って見えるのはなぜか?目が老化しているのかも知れない(笑)
環境
ランスケ 様
今まで、なぜ江戸時代に鶴がの想定をされた方は聞いたことがありませんでした。ランスケさんの話、目から鱗!そうですね。現在も田んぼの跡地に飛来してきています。越冬する場所に行く途中、えさを求めて・・・古地図を見て、思いをはせるとよく思うこと「昔はよかったなあ」無い物ねだりです。
No title
うわつ 様
最近、目が・・・?老化は分かっているが、不自由ですね。特に朝起きたときが見えにくい。紅葉の良さ、自然と考えますか。それも良いかもしれませんね。人間の生き様も自然が一番ですね。何より健康第一!
秀宗公のお墓
龍光院にお墓があるんですね。子供の頃どこかの石段でお友達と座って話したり、遊んだりした記憶がありますが、龍光院だったかしら?
鶴島城、良い響きですね。鶴島小学校はまだありますか?歴史的な地名は是非残して欲しいと思います。昔は船大工町、御殿町、堀端町とかの地名がありましたが、今はないんでしょうね。きっと。宇東あたりも文京町と言ってますもんね。全国どこ行っても同じ、つまりませんね。
残すもの、変えるもの
kinoppy 様
言われるとおり、全国一律化ですね。日本の良いところは歴史も文化も地域も・・・それが忘れ去られている。行政の力でしょう。それとも時代の流れかな?秀宗の墓は「龍華山等覚寺」にあります。秀宗の戒名が「等覚院殿」なので宇和島人は恐れ多いと言うことでこの寺を龍華と言っています。山号ですね。昔の町名は良いですね。我が家の広小路、昔は中の町でした。

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