歴史 | 鬼城

古の風

2018.02.01.Thu.10:00
八ツ塚群集古墳

二度目の訪問だが、今回も2カ所、行くことが出来なかった。
四季折々そして一日を通しての切り取りに詳しいランスケさんに連絡をと・・・
突然のこと、また時間が無いので断念!

この場所に来るとほっとする。
冬、吹く風も心地よい。
地元の人が自分たちの先祖を大切にしている様子がうかがえる。
田んぼの中にあるが、古代にはこの辺り一帯に集落があったのだろう。
開発が進む中、ひっそりとお地蔵さんを祀って崇めている。

古墳0
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松野町目黒

2017.11.20.Mon.12:00
和霊神社

張り切って黒尊に行くつもりが・・・
道を間違え引き返す羽目になった。

引き返す途中、目黒に入り、滑床と西土佐への三叉路手前に神社があった。
社名を見ると「和霊神社」!瓦には「釘抜き」の家紋もある。
ここに和霊神社があることを知らなかった。奥方が落ち延びた蕨生の妙楽寺の和霊神社より大きい。
和霊様の分社・・・仙台より南、特に瀬戸内海沿岸には和霊神社が点在する。
数ににすると200近くらしい。
しかし、ほとんどが合祀されているようだ。
最近行った高知才谷山、四万十町六反地、蕨生の妙楽寺は完全な神社である。
定義的には神社庁に登録されているかどうかだが、調査していない。
松野町は奥方との縁があり、祭ったのだろう。
祭ったのが何時の頃かは聞き取りしなければならない。
ふと通りがかって美事な紅葉が目に付いたので立ち寄った次第・・・

和霊神社1
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不思議な場所

2017.11.03.Fri.09:00
不思議な空間

仕事で松山に・・・
少し時間が在ったので「ランスケ」さんに紹介して貰った風景を尋ねた。
場所は聞いていたのだが、限られた時間だったので仕事中の方に聞いてみた。
丁寧に説明を受け、地域のことまで教えて貰った。
心が温かくなる。
行ってみると、これは!
ちょっと寄るという時間では失礼に当たるような場所だった。
ランスケさんにご案内を頼むのだったと後悔しきり・・・
次回にと思い、シャッターを切った。
古来よりの信仰心、地の恵、そして今を生きる人の存在感の在る場所・・・
夕暮れのランスケさんの写真を思い出した。


古墳0
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中世の城

2017.10.18.Wed.12:00
河後森城

秀宗公事績「鶴鳴余韻」(大正3年3月)を見てみると西園寺15将の記述がある。
河後森城は「川原淵殿」と呼ばれ渡邊式部少輔敎忠が治めていた。
石高は西園寺15将の中でも一番高禄で1万6500石である。
惜しむらくは西園寺の統治から戸田、藤堂、富田、伊達とめまぐるしく変わったこと。
生き残るためには従うよりほかない。
天正9年(1604年)には天守を解体した。
その一部を板島丸串城(後の宇和島城)へ移築し、月見櫓として建立している。
あまり知られていないが、渡邊氏の末裔の方が現八幡神社の宮司さんである。

鬼北町から松野町へ足を伸ばし登ってみた。
入り口が分からず、「吉野の食いしん坊」さんへ連絡、助けていただいた。
道は整備され、現在も樹木の伐採をやっていた。
最初に目黒側の新城跡へ、そして旧城へ・・・
ここからの景色は延野々方面が見渡せ景色が良いところだ。
登り口からの高度は80m。
椎の大木、何を見ているのか?

時間の余裕が出来たので「食いしん坊」さんのログハウスを訪問・・・
おもてなしを受け、お母さんとも歓談、満足して帰途についた。

次は土居清良のの居城「大森城」に挑戦してみたい。

可後森城1
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戊戌夢物語

2017.09.29.Fri.09:00
高野長英顕彰会

今年の3月のこと、高野長英顕彰会より寄稿文の依頼があった。
母体である高野長英記念館とは交流が有り、お世話になっている。
無謀にも宇和島での長英の実績についてまとめてみることにした。
彼は「戊戌夢物語」を書き、幕府の外交政策を批判した罪で投獄された。
いわゆる「蛮社の獄」
今も昔も体制批判はあるようだ。

内容は脱獄して宇和島に潜伏しでの功績についてである。
翻訳、藩士達への外国語の教授、軍備に関する施策を中心にした。
当然、宇和島伊達文化保存会からの援助、資料の提供を頂いた。
「久良砲台絵図」、「実射標的地図」などや辰野川沿いの「隠れ家」も取り上げた。
この顕彰会設立50周年の記念して「長英の夢と人生」に論文などまとめられ出版された。
先日、挨拶文が添えられ、立派な本が送られてきた。

歴史は何か残さねば、埋もれてしまう。
寄稿する機会を与えて貰い感謝にたえない。

長英の夢と人生